第3階層 ファリス・アイリーン
「ええ……」
ダンジョンのモンスターを餌付けし始めた……
「おいファリス、またうちのボスが変な事をしだしたぞ」
隣に居る筋骨隆々の大男、アイサムが私にそう言ってくる。
「人間に近い見た目をしたモンスターは危険な存在が多いんですがねえ」
そんな事を言いながらもただ見ているだけの、細身で糸目の男、ブロス。
まあ、うちらのボスが変な事を始めるのは今に始まった事じゃないでしょ。
と、私は答えながら、得体の知れないゴーストのようなモンスターに餌をやり始めたボスを呆れた表情で見やる。
そしてこの村に来た時も、突然、突拍子もない事を言い始めたのを思い出す。
「私の名はイース・クライセスです。位は伯爵となります。これからあなた達を支配する者であります」
言葉遣いは丁寧なのだが、その内容がとてもひどい。
これから自分がこの地の支配者となるので、お前らオレの言う事に従えよな。
ちなみに今の取り分、収穫の二割となっているが、それゼロにすっから。
あと、土地建物はすべて没収な。
みたいな事を言う。
そりゃ村人達も殺気立つわ。
元々の八公二民の取り分ですら少ないのに、それを無しにした上に、育てた土地と住んでた建物から追い出されると来た。
私は当初、嫌々護衛をやらされてたんで、村人達を焚き付けて領主を襲わせようとかと思っていたのだが、そんな事をしなくてもすでに襲われそう。
それどころか今、その領主の傍に居る私まで襲われそうだ。
だが、我らが領主様はそんな殺気立った村人達を前にしても動じない。
それどころかさらに焚き付けるように前に出る。
すぐにでも手が届く距離まで近寄って、より大きな声で言葉を紡ぐ。
「その代わり、私はあなた達に四つの保障を約束しましょう」
・まず一つ目、食の保障。
村に巨大な食堂を作り、無償で食事を提供する。
一日に何度でも、いくらでも、そこで食べる物は無料とする。
食事の種類はこちらで決めさせてもらうが、量は好きなだけ食べても良い。
ハッ? 何を言ってんだコイツ。みたいな目になる村人達。
私達も思わず耳を疑う。
食事が無料? そんな事したら破産しない?
・次に二つ目、住の保障。
現在の建物は全て取り壊す。
その代わり新たな住処を用意する。
地面を指さしながら、それはココだと言い放つ。
モンスターに襲われて被害が出るのは地上に住んでいるからだ。
しかし、地下ならばそれがない。
入口を小さく、人ひとり通れるぐらいの大きさにしておけば、巨体を誇るモンスターどもは入って来られない。
土や砂は、世界で最も強靭な防御力を誇る存在の一つだ。
それに、空を飛ぶモンスターであろうが、炎を纏うモンスターであろうが、地下までは攻撃できない。
この時点で村人達は、当初あった殺気がすっかりなくなり、困惑の表情で埋め尽くされる。
そして私達は勘違いに気づいた。
50人も雇ってここへ来たのは、村人達と敵対する為ではない。
これ皆で穴倉、掘らさせられるわ。
・そして三つ目、健康の保障。
五日働いたのち二日は完全な休養日とする。
さらに、病気や怪我に係わる医療費は全て無料。
重傷を負ったり、年を取って満足に動けなくなったとしても、衣食住の保障はされる。
要は、与えるものを無くす代わりに、生活を保障するという事だ。
そもそも特殊な事情により、ほぼ罪人ばかりで構成されている村人達。
二割の取り分が公平に行き渡っている事もない。
力の強い者が弱い者を奴隷のようにこき扱っていると思われる。
その証拠に、痩せた村人達はすでに乗り気になっているように見える。
・最後に四つ目、娯楽の保障。
二日ある休養日の一日は祭りを行う。
全員参加の大型の祭りだ。
その祭りでは酒も振る舞われる。
好きに飲んで歌って、大いに暴れて構わない。
え、え~と……5日の後、1日祭りで、その次がお休み。
という事は7日ごとにお祭りするの?
ええ……頻繁すぎるんじゃ?
最早、村人達はすっかり領主様のペースに乗せられてしまっている。
殺気はすっかり消え失せ、困惑と、少しの期待が伺える。
この領主様は、食と安全を保障する代わりに、自分の命令に従えと言っている訳だ。
そもそも普通の領主は、食と安全を保障せずに自分の命令に従えと言うのだから、それに比べればマシなのかもしれない。
命令の内容がだいぶアレだけど。
「ただし、二つの義務を守ってもらいます」
・一つは労働の義務。
これまで個々の裁量に委ねられていた農作業も含め、誰が何をするかはこちらで指定する。
指定された労働を拒否する事は原則できない。
ただし、別の労働を希望する場合、状況を勘案して変更も可能とする。
・二つ目は規律順守義務。
今後、この村で過ごすためのいくつかのルールを設ける。
それを守る事を義務付ける。
そんなに難しい事は言わない、殺すな、傷つけるな、盗むな、それを守ってもらいたい。
「また、この二つを守ってもらうにあたり、教育も受けてもらいます。文字が読めなければ困りますし、簡単な計算も必要ですからね」
さらに、この規律を10年間守った者については、罪の赦免を国へ打診しましょう。と付け加える。
四つの保障に二つの義務。
それから2年、当時は本当にそんな事が可能なのかと半信半疑であったが、この領主様は言ったとおりに事を運ぶ。
この人が領主になるまでは、鉱山よりひどい場所、あそこに行くなら死んだ方がマシとまで言われた大地。
だが今、ここで暮らしている人に暗い顔をしている者は居ない。
この人は、かなり変わっているが、今この村に必要なお方である事は確かだ。
さて、何を始めるのかは分かりませんが、私も護衛としての仕事を始めないといけませんか。
なにせ危険なダンジョン、気を許すと罠が待っています。
あんな見た目で気が緩んだ頃に……パクリなんて。
なにせダンジョンとは、人を誑かすプロですから。
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