No.78【ショートショート】命長さ~近い将来、絶対に起こるSFな話~

鉄生 裕

命長さ~近い将来、絶対に起こるSFな話~

人間として最期を迎えるか。

それとも、永遠の命を得る代わりに人間を辞めるか。


一個人の記憶や意思といった精神的な要素を機械の身体へと移す研究が進んでいた。

要するに、入れ物の交換である。

いずれは老いて朽ちてしまう人体から、永遠ともいえる機械の身体へと入れ物を移すのだ。

記憶や意思を持ったまま、機械の身体へと姿を変える。

それは永遠の命を手に入れることに等しかった。


この素晴らしい研究に全世界が注目し、研究は急ピッチで進められた。

一方で、難点もいくつか存在した。


一つは、精神を肉体から機械へ移す実験に数年を要する事だった。

個人差はあるが、これまで培ってきた記憶や意思の全てを機械に移すのには、それなりの年数が必要だ。

ボタン一つを押せば一瞬で機械の身体へと大変身!というわけにはいかなかった。

また、仮にこの実験を行っている最中に被検体の寿命が尽きてしまったら、その時点で全てが失敗に終わるというリスクもあった。

つまり、実験中に何らかの原因で被検体が死亡してしまった場合、被検体は機械の身体になることができないまま、人間の身体に戻ることもできずに死亡することになる。

例えば実験を開始してから数ヶ月後、被検体の身体に命に関わる病気が見つかったとする。その病気が悪化して実験中に被検体が死亡してしまったら、被検体は機械の身体はおろか元の身体に戻ることすらできない。

しかし、人間の寿命がいつ尽きるかは我々にも分からない。

だからこそ、この最悪な事態を避けるためにも、被検体に選ばれた人間は一日でも早く実験を始める必要があった。


もう一つは、この実験が片道切符であるということだった。

人間の身体から機械の身体になることはできるが、機械の身体から人間の身体に戻ることはできない。

一度機械の身体になってしまったら、その先は一生機械の身体で生きていくしかなかった。


永遠の命を得るとはいえ、あまりにも代償が大きすぎた。

しかし人間とは不思議なもので、多くの者達が被検体として名乗りを上げた。

そして科学者たちは、一人の有名なインフルエンサーを被検体として選んだ。

科学者たちが彼を選んだ理由は、彼の身体が健康そのものであったことは当然として、彼がこの研究に資金面で多くの支援をしていたことにあった。

インフルエンサーとして活躍する前、彼は多数の会社を経営しており、世界でも有名な資産家であった。

彼はこの研究が始まった当初から、自分を被検体として選ぶという約束のもと、多額の資産の多くをこの研究に投資していた。

つまりこの研究が始まった当初から、被検体として彼が選ばれることは決まっていたのだ。


被検体の最終決定から実験開始まで、一年程の期間があった。

その間、多くのメディアが彼のもとに殺到し、彼は今まで以上に注目の人となった。

注目を集めることに一つの生きがいを感じている彼にとって、その一年は本当に幸せな時間だった。


そして一年はあっという間に過ぎ、世界中が注目する世紀の実験が始まった。




実験が終わるまでに約八年を要した。

結論から述べると、実験は大成功であった。

機械の身体になった彼は、永遠の命を手に入れることができたのだ。


しかし、この八年間で実験に対する世間の見方は大きく変わっていた。


『この実験は、明らかに人道に反する。人間としての尊厳を侮辱している』


実験が開始されてすぐに、誰かがSNSで声を上げた。

その声は瞬く間に拡散され、次第にこの実験を非難する者が増えていった。

実験の中止を求める声も多く上がったが、途中で実験を中止することは被検体の命にも関わるので、科学者たちは最後まで実験を続けるしかなかった。

いつしか世間はこの実験のみならず、被検体として選ばれた彼のことすらも非難するようになった。

結果、この実験は元インフルエンサーである彼の成功をもって終了することになった。

彼が最初で最後の被検体であり、後にも先にも”永遠の命”を得た者は彼以外にいなかった。




あれから数十年が経った。

彼が今どこで何をしているかを知る者は少ない。

世界のどこかにある博物館に展示されているという者もいれば、見世物小屋で働きながらひっそりと暮らしているという者もいる。

なんにせよ、彼は今もどこかで生き続けている。

それだけは確かだった。

なぜなら、機械の身体にはたった一つだけ特別な機能が備えられていたからだ。


『自殺防止機能』


彼は死ぬことを許されなかった。

自ら命を絶つことを許されなかった。

全身機械となった身体で、彼は今もどこかで生き続けている。

たとえ世間が彼のことを忘れる日が来たとしても、彼に生きることを放棄する権利は無いのだった。

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