第45話 親子関係 〜その1〜
晴天の霹靂、という言葉があるが、使うことがあるとすれば今まさにこの瞬間だろう。
突然の来訪者によって、もはや店内は俺と白峰が二人っきりでいる時よりもさらに殺伐とした空気が漂っていた。
……どうして白峰のお父さんがここに?
訳もわからず俺たちが茫然としたまま突っ立っていると、目の前にいる男性は眼鏡のブリッヂをを中指で整えた後、呆れたようなため息を吐き出す。
「まさかこんなところで働いていたとはな。そのせいで随分と探し回ったぞ」
冷たい声音で、白峰の父親がそんな言葉を口にした。
その言葉を聞いてやっと我に戻ったのか、隣にいる白峰が言い返す。
「べつに探してほしいだなんて頼んだ覚えはないわよ」
何の用なの? と続け様に白峰が突き放すような声音をぶつける。
けれども実の娘のそんな冷たい態度など一切気にもならないようで、白峰の父親はさらに鋭い瞳で彼女のことを睨みつけてきた。
「お前を連れ戻しにきた」
「……え?」
唐突に告げられた言葉に、白峰が今度は狼狽えたような声を漏らした。
俺もその言葉の意味がうまく飲み込めず固まっていると、白峰の父親が淡々とした口調で話しを続ける。
「定期的に連絡をするようにと伝えていたはずが電話の一つもしてこない上に、こちらからの連絡にも一切応じない。挙げ句の果てに学業をおそろかにしてこんなところでアルバイトをしているなど、やはりお前に一人暮らしはまだ早かったようだな」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
一方的に責めるような口調で話しを続ける相手に、気づけば俺は口を開いていた。
「連れ戻しに来たって、どういうことですか?」
戸惑いながらそんなことを尋ねれば、今度は俺に向かって鋭い視線が飛んでくる。
「君は誰だ?」
まるで相手を威圧するかのような低く冷静な声音。
その声に俺はハッとして我に返ると、慌てて姿勢を正す。
「この店で働いている萩原翔太と申します。白峰煉華さんとは同じ学校に通っているクラスメイトです」
俺はそう言うと、気押されないようにお腹にぐっと力を込めて白峰の父親を見つめ返した。
少しでも目を逸らせてしまうと、それだけで相手の気迫に飲み込まれそうでマジでヤバい。
そんなことを考えていると、目の前にいる白峰の父親は「萩原……」とぼそりと呟いた後、今度は何故か店内をぐるりと見渡す。
「そうか、このお店が……」
「?」
一人ぶつぶつと声を漏らす白峰の父親に疑問を感じたのも束の間、相手はすぐにまた鋭い視線をこちらへと向けてくる。
「先ほどの私の発言は言葉通りの意味だ。娘の華煉を東京に連れ戻しにきた」
「なっ!」
相手の発言に、俺は思わず驚きの声を上げてしまう。
白峰の親父が突然やってきた時点で何だが嫌な予感はしていたが、まさかいきなりこんな展開になるとは思わなかったぞ。
「東京に連れ戻しに来たって、それはあまりにも急過ぎじゃ……」
俺は動揺を隠しきれない声でそう言うと、チラリと白峰の横顔を見る。するとその表情はどう見たって父親の発言に納得していない顔だ。
「私はあの家に戻る気なんてないわよ。突然現れて勝手なことばかり言わないで」
「勝手なことをしているのはお前の方だ。まともに一人暮らしもできないような人間が親に向かって反論する権利などない」
娘の言葉を、相手がピシャリと強い口調で一刀両断する。
さすが白峰の父親といったところだろうか。その強硬とした強気な態度と自信、それに隙のない冷静な物言いはそっくりどころか白峰の十倍……いや百倍は怖いぞ!
内心でそんなことをビビりながらも、互いに一歩も引かない二人を前にしてこのままだとどんどん危ない方向に進んでいくと思った俺は、何とかこの場を収めようとして間に入る。
「か、華煉さんはちゃんと一人暮らしが出来ていると思います! 実際、今日まで学校に通いながらここでもアルバイトを頑張っていますし」
「まともな食事も食べていないのにか?」
「「……」」
うわー、こいつもしかして家ではまだあのパスタ生活続けてたのかよ。
何やってんだよ白峰、と思わず目を見開いて隣にいる相手の顔を凝視するも、もちろん今の彼女はそれどころではない。
黙ったままで何も喋らない白峰の様子を見て、相手が再び口を開く。
「それにそのアルバイトに関してもそうだ。私は学業に支障が出ないようにと十分な仕送りを渡しているはずだが、何故こんなところで勝手に働いているのかが理解できない」
そう言って娘のことをさらに鋭い目つきで睨みつける父親。どうやらアルバイトのことも親には言ってなかったらしい。
ますます悪化していく状況に一人焦っていると、白峰の父親が淡々とした口調で言葉を続ける。
「だいたい他人とコミュニケーションを築けないお前がこんな場所で働くなど、店側にとっても不利益になっているだけじゃないのか?」
「私は……」
父親からの言葉を聞いて、咄嗟に口を開きかけた白峰。
けれども彼女は何も言えずに悔しそうにぐっと唇を噛み締めると、そのまま黙り込んでしまう。
白峰……。
俺はそんな彼女の姿を見て、胸の奥がチクリと痛む。
たしかに白峰は他人とのコミュニケーションが苦手だ。
けれども、俺は知っている。
そんな白峰が、精一杯頑張って自分からお客さんにお声がけをしていることを。
慣れないながらも、一生懸命になってお客さんの話しを聞いてくれていることを。
このお店で働いている時は、自分を変えようとして必死に頑張っているということも。
――インテリアはいつだって人の心を幸せにしてくれる。
ふと、母さんの言葉が心の中に浮かぶ。
そうだ。ここにある全てのものには、そんな想いと願いが詰まっている。
母さんたちが選んでくれたインテリアに囲まれているこのお店で働くのであれば、白峰にもそうあってほしいと俺は思う。
だから……。
俺はぐっと握り拳に力を込めると、真っ直ぐに白峰の父親の顔を見る。
「このお店では華煉さんの接客に喜んでくれているお客様がいます。そんな彼女がこの仕事に向いていないだなんて僕は思いません」
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