第43話 かつての思い出
清郷さんとの話しに花を咲かせた後、俺は親父と一緒にソファのメンテナンスを行った。
15年以上経っているとはいえさすが親父が定期的にメンテナンスをしているだけあり、オーク材のフレームも本革で作られた座面や背もたれもかなり綺麗な状態で、作業は問題なくスムーズに終わった。
「これでまた長く愛用することができますね」
自分たちがメンテナンスをしたソファを見て、清郷さんが嬉しそうな声を漏らす。
そんな清郷さんの言葉に満足しながら、俺がそろそろ帰る支度でもしようかとメンテナンスキットを片付け始めた時だった。
「そうだ清郷さん。息子にあの部屋を見せたいのですがいいですか?」
ふいに親父がそんな言葉を口にして、「あの部屋?」と俺は首を傾げる。
けれども清郷さんにはそれだけで伝わったらしく、「もちろん構いませんよ」と笑顔で頷いた。
「翔太、こっちだ」
「え、うん」
一人戸惑っていると親父が呼びかけてきたので、俺は先に歩き出した親父の背中に付いて歩き始めた。
「なあ親父、あの部屋って何だよ?」
長い廊下を迷うことなく歩いていく親父の背中に向かって尋ねれば、相手はこちらを振り返りニヤリと笑うだけで何も答えない。……何だよ、こんなところで悪戯サプライズなんていらないからな。
そんなことを思って親父の背中を睨んでいると、「この部屋だ」と言って親父が立ち止まる。そして目の前にある襖をゆっくりと開けた。
「これって……」
開かれた襖の先、そこに現れた光景に俺は思わず息を呑んだ。
「どうだ、なかなかの光景だろ?」
「……」
してやったりの顔でそんなことを言う親父に対して、俺は何も言葉を返すことができなかった。
呆然としたまま突っ立っている自分の視線の先に映るのは、先ほどの部屋よりも広々とした和室だった。
そしてその真ん中に置かれているのは、一つのダイニングセット。
おそらく何百年も生きてきたであろう巨木の一枚板で作られたテーブルと、その周りには半世紀以上前から活躍している名作チェアたちがずらりと並んでいる。
「ヤコブセンのグランプリチェアにウェグナーのPP701。それにアアルトのチェア69……って、なんだよこれ」
お店でもあまり見ないようなチェアたちを前に、俺は無意識に声を漏らしてしまう。すると隣にいる親父が言う。
「それと向かい合うように置かれているのはアメリカの天才デザイナーであるチャールズ&レイ・イームズが生んだプライウッドチェアと、そしてその隣にあるのがフランスの建築家ジャンプルーベの不屈の名作スタンダードチェアだな」
「まさに圧巻だな」と言葉を続けて胸を張る親父。
そんな親父の言葉が聞こえても、俺は目の前の光景に釘付けで何も言葉が出てこなかった。
今まで雑誌やSNSなんかで様々なコーディネートは見てきたが、ここまで大胆かつ洗練されたコーディネートなんて見たことがなかったからだ。
そもそも一枚板のテーブルにデザイナーズのチェアを合わせる発想なんて、自分には全くなかった。
「もともとあのダイニングテーブルは清郷さんの父親が使っていたものらしくてな。この家に引っ越す時にテーブルを活かしたセンスのあるコーディネートをしてほしいって頼まれたんだ。まあそのおかげでこのコーディネートについては母さんとかなり喧嘩したけどなぁ」
「え、そうだったの?」
親父の話しを聞いて、俺は思わず聞き返した。
意外だった。俺が覚えている記憶では、親父と母さんはいつもすんなりと意見が合っていたような印象があったからだ。
そんな息子の心境に気づいたのか、親父が頭をかきながら困ったように笑う。
「清郷さんのご家族はみんなこだわりが強くて、それぞれ好きな色味やインテリアについての好みがバラバラだったんだよ。そしたら母さんが、『だったら椅子を全部バラバラに合わせるのはどう?』って言ってきてな。そこからはもう大変だった」
当時のことを思い出しながら喋っているのか、そう言って懐かしそうに目を細める親父。
「俺からすれば椅子のデザインをバラバラに揃えるよりも統一させるのが当たり前だって当時は考えていたからな。それに提案したい椅子もお互いまったく違っていたから母さんとはそれはそれは何度も言い合いになったもんだ」
今となっては笑い話しになっているようで、親父は愉快げな声で話しを続ける。
そしてそんな話しを聞きながらふと頭によぎるのは、以前白峰とダイニングシーンの売り場を一緒に作ろうとした時のことだった。まああの時も散々言い合った挙句、結局何一つ決まることなく終わってしまったけれど。
「お互い自分のセンスやこだわりにプライドを持っていたからぶつかってばかりだったが、けれどもそうやって本音で話し合っていくうちに『だったらもっとこうした方がいいんじゃないか』ってブラッシュアップにも繋がってな。それが結局相手の考えを理解できる良いきっかけになったよ」
「だから……」とそこで一呼吸置いた親父が、今度は俺のことを見つめる。
「お前だって白峰ちゃんと向き合えば、いつかちゃんとお互いのことがわかるようになるさ」
「……」
どこか諭すような声音でそんな言葉を口にした親父に、俺はつい黙り込んでしまう。
白峰とちゃんと向き合う、か……。
俺は少し目を伏せてから胸の中でそんなことを呟いてみる。
きっと親父は、この言葉に気づかせるために俺をこの部屋へと案内したのだろう。
そんなことを思いながらふと顔を上げれば、目の前に映るのは親父と母さんが何度も何度も話し合って作り上げたというダイニングセット。
それらは国籍も年代もデザインもみんなバラバラだけれども、それでも互いの良さを引き立てるかのようなに不思議と調和されて唯一無二のコーディネートに仕上がっている。
部屋の窓から差し込む陽光に照らされたそんな光景が、今の俺にはやけに色濃く印象に映った。
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