第38話 バーベキュータイム
火起こしも含めて一通りの準備が終わった頃、俺たちがセットしたバーベキューセットの周りに女子3人も戻ってきた。
「うわーっ、なんかバーベキューっぽい感じになってる!」
頑張って用意したセットを前にして何やら嬉しそうな声を上げてくれたのは水無瀬さんだ。
その純粋さに癒されるのなんのって、ほとんど一人で作業する羽目になったけれど頑張った甲斐があったと素直に思えます。
「ご苦労さん、はいこれ食材」
「おう。って、けっこうボリュームがあるんだな」
茜が渡してきた大きなトレーを見て、俺はついそんな言葉を漏らした。
トレーに乗っているお皿やボウルを見れば、そこには綺麗にカットされた玉ねぎや人参などの野菜やいかにも国産と言わんばかりの美味しそうな牛肉。そして、
「……なんだこれ?」
ついそんな声を漏らした俺の視線の先には、乱切りなのか何なのかわからない切り方で無惨な姿になっている食材が一種類。……たぶんもとは椎茸だったと推測されます。
そのあまりに残虐非道な切り方に呆然としていると、「あーそれは」と茜が何やらニヤニヤとした様子でちらりと隣を見た。
するとその視線の先にいるのは、何故か先ほどから黙ったままそっぽを向いている白峰さんだ。
……なるほど、コイツが犯人か。
コーディネート力と同じくやっぱり白峰は料理のスキルも絶望的なんだな、なんてことを一人考えていると、今度は水無瀬さんがトレーを出してくる。
「じゃじゃーん、わたしはこんなものを作ってみました!」
「「「おぉっ!」」」
水無瀬さんがテーブルの上に置いたものを見た瞬間、思わず感嘆の声を上げる男陣。
そこに映るのはバーベキューのオシャレ料理の一つ、アヒージョだ。
「アヒージョとか、やっぱ水無瀬さんって女子力高いんだなっ!」
「「……」」
自分の発言で地雷を踏んでしまったと気づいたのは、殺気を感じたのとほぼ同時だった。
意気揚々と発した俺の言葉に対して、茜と白峰がやたらと鋭い視線をこちらに向けてくるではないか。
しまったと思い、助けを求めて隣を見てみれば快人は「あーあ」と呆れた表情を浮かべている。くそっ、こんな時だけそっち側につきやがってこのヤロウっ!
「と、とりあえずまずはみんなで乾杯だなっ」
俺は誤魔化すかのようにそう言うと、慌ててお茶の入ったコップを手に取る。そして場を仕切り直すためにわざとらしく大きく咳払いをした。
「えーでは改めてまして……みなさんそれぞれ飲み物を持って頂いて」
「何なんその言い方、いつも通りでいいやんか」
「たしかに。なんだか校長先生の挨拶みたいに回りくどいわね」
「おいそこ二人、俺をディスる時だけ意気投合するな」
先ほどの俺の発言に対する仕返しなのか、乾杯の音頭を邪魔してくる茜と白峰。そんな二人のことをぐぬぬと睨みつけていたら、今度は親父が陽気な声で言う。
「今日はせっかくのバーベキューだからみんな思う存分食べて飲んでくれよ」
和やかな笑顔でそう言う親父に対して、「はーいっ」と茜や水無瀬さん、そして快人が元気に返事を返している。
「ほな俺が翔太の代わりに乾杯の音頭とったるわ!」
「えー、アンタの乾杯とかもっと嫌やわ」
「仕方ない、ここは翔太の代わりにお父さんがいっちょ盛り上げるとするか」
「いや最初からそうしてくれよ……」
呑気な親父の言葉に、つい呆れた声を漏らしてしまう。
そしてそんな俺たちの様子を水無瀬さんはクスクスと笑いながら、そして白峰は相変わらず無言かつ無表情で見つめていた。……って白峰のやつ、ちゃっかり紙コップを握り締めてもう準備万端じゃねーかよオイ。
意外と乗り気なんだなと思っていたら、親父が紙コップを持ったタイミングで他のメンバーも同じようにそれぞれ手に取った。
「それじゃあみんな、乾杯っ!」
「「「かんぱーいっ!」」」
晴天の空の下、親父が高らかに上げた右手に合わせて元気な声が響き渡った。
「よっしゃ、ほなさっそく肉焼こ肉!」
さっそくハイテンションになっている快人はそう言うと、誰よりも先にトングを手に取り肉を網の上へと並べていく。それと同時に、ジュウっと食欲をそそる音が弾けた。
「ちょっと、野菜も焼かなアカンやろ」
肉ばかりを網の上に置いていく快人のことを睨みつける茜。そして彼女も負けじとトングを握りしめると玉ねぎやとうもろこしなどを網の上に並べ始め、ついでに水無瀬さんの作ってくれたアヒージョが入ったアルミニウムのお皿も置いた。
「白峰も何かリクエストがあるなら茜のやつに頼んで焼いてもらえよ。じゃないと食べたいものが食べられないぞ」
「……」
俺の忠告に白峰は考え込むような表情を見せた後、「なら椎茸も焼いてくれないかしら」とぼそりと声を漏らした。……やはりあれをカットしたのはコイツだったらしい。
そんなやり取りをしている間に焼肉奉行の茜が焼けたお肉や野菜を手際よくみんなの取り皿へと乗せていき、そしてうちの親父はというと何故か車のバックドアを開けたかと思うと、またも折り畳まれたチェアを一つ出してきたではないか。
「あっ、わたしそれ見たことがあります!」
美味しそうにお肉を頬張っていた水無瀬さんが、親父が取り出してきたチェアを見て声を上げた。
「MOG501って、なんでそんなリッチなもの持ってきたんだよ親父……」
水無瀬さんとは違い、俺はつい呆れた声で言ってしまう。
モーテングットラーがデザインした『MOG501』。
別名キューバチェアとも呼ばれるこのモデルは、Yチェアと同じくデンマークの一流ブランドであるカールハンセンが販売しているチェアで、メーカーが取り扱っている商品の中では珍しく折りたたみができるタイプだ。
ペーパーコードと呼ばれる紙の紐で編み込まれた座面と背もたれが一際美しいデザインなのはさすが北欧家具といったところ。
おそらく親父のやつ、自分用としてちゃっかり持ってきたのだろう。
「良かったら水無瀬ちゃんが座ってみるかい?」
てっきり本人が座るのかと思いきや、親父は俺のクラスメイトに向かってレディーファーストをアピールする。その気遣いに水無瀬さんが嬉しそうにチェアへと座った。
「うわっ、すっごく座りやすいですね!」
初めて座るチェアに、嬉しそうな声を漏らす水無瀬さん。
このMOG501は見た目こそシンプルなデザインになっているが、先ほど説明したペーパーコードで作られた座面と背もたれが良い具合にフィット感を生み出していて、ただのチェアというよりもまるでラウンジチェアのようなくつろぎ感を味合うことができる。
ご自宅でもお手軽にバカンス気分を味わいたい人には、まさにもってこいの一脚だ。
そんなことを考えていたらMOG501を水無瀬さんに譲った親父が、もともと彼女が座っていた折りたたみ式のチェアにいつの間にか座っていた。……ってちょっと待てよ、俺たち親子は立ちっぱの約束じゃなかったのかよ?
なんてことを思い呆れ返っていたら、テンション高い親父がクーラーボックスから缶ビールを取り出す。
「開放感溢れる青空に、マイナスイオンたっぷりの空気感。まさにこういう日こそプシュっとな!」
「いやプシュッとじゃないから!」
車を運転してきた人間が何てもの飲みやがると思わず目を見開いて声を上げれば、「ノンアルに万歳っ!」と親父が一人高らかに右手を上げて叫んでいた。いやもう自由人過ぎるだろこの人。
その後も何だかんだありながらも、みんな和気藹々とバーベキュータイムを楽しんでいた。
茜と快人はトング片手にぎゃーぎゃーと言い合っていたり、そしてその流れ弾が俺の方まで飛んできたり。
水無瀬さんは俺たちに混じりながらずっと楽しそうに笑っていて、親父も保護者としてそんな自分たちを見守りながらいつもの調子で豪快なバカ笑いをしていたりと。
ちなたに白峰はというと時おり辛辣で冷静なツッコミをしながらも、その顔はどことなく満足そうだった。
そんなみんなの表情を眺めながら、まあたまにはこういう時間があってもいいのかもしれないなぁ、なんてことを思っていた直後だった。
「ほなっ」と快人が何故か急に気合いの入った声を発した。
「そろそろみなさんお待ちかねの川遊びタイムといきますかっ!」
「……はい?」
快人のいきなりの発言に、こいつ何バカなこと言ってんだと思わず目を見開いてしまう。
そんな話しなかっただろと思いながら辺りを見回してみると、何故か乗り気な表情を浮かべている茜と水無瀬さん、そしてついにその時間が来たかと嫌々な表情を浮かべている白峰の姿。
あれ……もしかして俺だけ仲間外れにされてました?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます