第24話 茜ファミリー
頼れる男としての一仕事も終えて、やっと茜の部屋から解放された俺は疲れた足取りで一階へと降りるとそのまま玄関へと向かっていた。
できればこのまま家に帰ってゆっくり休みたいところなのだが、お店に戻れば納品物の荷捌きや新しく仕入れたサイドボードの検品などまだまだやらなければいけない仕事がたんまりと残っている。
これはサービス残業の可能性が濃厚だな、と社畜サラリーマンみたいなことを考えていてら、突然目の前にある玄関の扉が勢い良く開いた。
「「ねーちゃんただいまっ!」」
バンっと玄関扉が開いた瞬間、鼓膜に突き刺さるようなうるさい声が家中に響き渡る。
思わず耳を塞いで目の前を見てみれば、視線の先にいるのは瓜二つの顔をした二人の男の子だ。
「こら太一と拓真! そんな勢いよくドア開けたら危ないやろッ!」
弟たちの乱暴な登場に、茜も負けじと大声を上げる。
けれどもそんな姉の怒声もなんのその、チビすけたちはドタドタと激しい足音を立てて廊下へと上がってきた。
「あっ! しょうたもおるやん!」
「ほんまや! しかも知らんおんなとおる!」
ひゅーひゅーっ、と俺に向かってそんな挑発的な態度を取ってくるチビすけたち。
こいつら……意味わかって言ってんのか。
まるで新しいおもちゃでも見つけたかのようにテンションが上がっている茜の弟たちにため息を吐きつつ、俺は隣にいる白峰に向かって言う。
「あー、こいつらは茜の双子の弟で……って、大丈夫か白峰?」
話しの途中で白峰の異変に気づき、俺は思わずそんな言葉をかけた。
おそらく彼女はこういった展開にまったく慣れていないのだろう。
先ほどからチビすけたちに両手をぐいぐいと引っ張られているが、珍しくピクリともせずに硬直状態で固まっているではないか。……まあでも眉間には恐ろしいぐらいに皺が刻まれていてめっちゃ怖いけどな!
そろそろその手を離さないと怖いお姉さんからビンタを食らっちゃうぞ、と内心でヒヤヒヤしながら見ていたら、それでも空気を読まない弟が言う。
「なあこのおんなの人だれなん? 翔太のかのじょ?」
「違うわアホっ!」
弟の突拍子もない質問に、何故か俺が答えるよりも早く、茜が真っ先に声を上げて否定してきた。しかもその直後、ギロリとこちらを睨んできたので思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまう。
「こら二人とも! 翔くんたちが困ってるからやめなさい!」
ここはどうやってチビすけたちから逃げようかと頭を悩ませていたら、開けっぱなしの扉の向こうから再び声が聞こえてきた。
その声と共に現れたのは、茜と同じく目鼻立ちがはっきりしている女性だ。
そう。この人こそが彼女の母親で、そして俺の母さんのこともよく知っている
「あ、今日は新しい友達もおったんやね」
「別にこいつは友達なんかとちゃうから」
母親からの言葉に、すぐさまツンとした態度で答える茜。
すると今度は長女である彼女が「こら茜」と母親から注意されていた。
「ごめんやで、うちの娘が口うるさくて。えーとあなたは……」
「白峰です」
自分の名前を告げてペコリと丁寧にお辞儀をする白峰。やはり相手が歳上だとちゃんと挨拶ができるらしい。
その礼儀正しさの十分の一でも俺に向けてくれたら良いのになーなんてことを思っていたら、茜のお母さんがケラケラと笑った。
「茜の友達にしては随分と礼儀正しい子やん。そんなかしこまらんでもええのに」
陽気な声で茜のお母さんはそんなことを言う。
ちなみに茜はというと、「だから友達とちゃうって」とまたも小声でぶつくさと文句を言っていた。
そんなやり取りを黙って見ていたら、またもチビスケたちが声を上げる。
「なあしょうた、今から遊ぼや!」
「サッカーしよサッカー!」
「いや俺はこれから仕事で……」
こちらの事情など一切お構いなしに好き勝手なことを言っては、今度は俺の腕を引っ張ってくるチビすけたち。
ただでさえゴキブリ退治で疲れているのに、コイツらと遊んでいたら今日の体力が持たないぞ。
そんなことを思いながら、「また今度な!」と弟たちの説得を試みていたら、ふと茜のお母さんが声を漏らす。
「あれ、そのサロンもしかして白峰ちゃんも翔くんのお店で働いてるん?」
白峰が腰に巻いているサロンを見て、茜のお母さんが目をパチクリとさせた。
ああそうか。おばさんにはまだ白峰のことちゃんと言ってなかったか。
そう思った俺は、茜のお母さんに白峰のことを紹介する。
「親父がスカウトして働くことになったんですよ。って言っても、まだ見習い中のペーペーなんですけどね」
そう言って嘘偽りなく本当のことを伝えた直後、隣にいる白峰がスッと何故か殺気を込めた視線を向けてきた。おおい、なんでそんな怖い顔して睨んでくるの?
「何だよ?」と俺も負け時と睨み返していたら、目の前にいる茜のお母さんがまたもクスクスと笑う。
「えらい仲良さそうで何よりやわ。それにこんな可愛い子が働いてくれて、きっと美鈴も喜んでると思うで」
そう言って今度はニカっと明るい笑顔を向けてくれる茜のお母さん。
白峰と仲が良さそうに見られてしまっているのはさておき、心の底から喜んでくれているその笑顔に俺はなんだか胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。
母さんが亡くなってからもう随分と経つけれど、今でもこんな風に思ってくれる人がいることは、本当に幸せなことだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます