第17話 指導の成果

 それからの日々は、俺が想像していた以上に騒がしいものだった。


 学校では相変わらず孤高の美少女を貫いている白峰だが、放課後になると我が家(店)にやってきてバイトをしているという奇妙な現象は続き、そして俺はというとそんな白峰の教育係として接客スキルの指導をするというこれまた謎の生活を繰り返す日々。


 そのくせ学校ではまったくといっていいほど白峰と関わることがないので、こんな生活を他の生徒が知ったらさぞや驚くことだろう。


「白峰、あのお客さんさっきからリビングテーブルを見比べてるぞ」


「……わかってるわよ」


 俺がぼそりと呟いた言葉に、目の前にいる白峰が少し不機嫌そうに言葉を返す。


 今日も始まりました放課後のコンシェルジュタイム。


 俺はレジ前で白峰と話しながら、チラリと店内の方へと目をやる。

 視線の先に映るのは、つい先ほどお店にやってきた一人の青年。

 おそらく歳は二十代前半くらいだろうか。眼鏡をかけていて大人しそうな雰囲気を醸し出す彼は、先ほどからリビングテーブルを見比べては何やら悩ましげな表情を浮かべていた。


「いいか白峰、まずはお声かげで相手の心をばっちりと掴むんだぞ」


 俺は熱血コーチさながら右手でぐっと拳を握りしめながらそんな言葉を伝える。


 ここ数日、白峰に対して接客とはなんぞやということをみっちりと教えてきたつもりだ。

 その度に不愉快そうな視線を飛ばされ、不服そうな表情を向けられ、そして時には「まともな日本語で説明してくれないかしら?」なんてクレームまがいの言葉まで頂いてしまうこともあったのだが、それでも俺は今日までめげず泣かずに頑張ってきた。


 そんな苦労の日々を振り返っている間に、白峰がお客さんの方へと静かに近づいていく。そして男性の隣に並ぶと、その唇をゆっくりと開くのが見えた。

 さあ白峰よ、いよいよ俺の指導の成果を披露する時がやってき――。


「何か用ですか?」


「……」


 バカタレぇぇっ! そんなケンカ腰で声掛けをする店員がいるかぁっ!


 白峰の繰り出した爆弾発言に俺は思わず目を見開いて固まってしまう。そしてお客さんはというと、まさか店員からそんな言葉を掛けられるとは悪夢にも思わなかったのだろう。俺と同じく呆然としたまま固まっていた。


「はぁ……あの子ってほんま接客向いてないよなぁ」


 レジから様子を伺っていた茜が呆れたような口調で言う。

 かたや俺はというとそんな茜の呑気な態度とは裏腹に気が気ではなく、もしかしたら今後常連さんになってくれるお客さんがただの一見さんで終わってしまうかもしれないと二人のやり取りをハラハラとした心境で凝視していた。

 するとそんな危機感を抱いた直後、視線の先で「す、すいません!」と慌てて謝罪の言葉を口にしたお客さんが白峰から逃げるように結局お店から出て行ってしまったではないか。


「あーあ、帰ってもうたやん」


「……」


 完全に呆れ返っている茜の言葉を無視して、俺はスタスタと早足で白峰まで近づいていくとすぐさま口を開く。


「お前な、あんな真顔で『何か用?』みたいなお声がけする店員なんて普通いないだろ!」


「そんな言い方してないじゃない。私は『何か用ですか?』って言ったわよ」


「いやそういう問題じゃなくてだな……」


 ダメだこりゃ、と俺はつい頭を抱えてしまう。

どうやら白峰の頭の中では、とりあえず声を掛ければ合格点と勘違いしているらしい。


「あのな白峰、さすがにあの声の掛け方はお客さんも怖がって逃げちゃうだろ。だからあそこは笑顔で『リビングテーブルをお探しですか?』とか『他のデザインも展示してますよ』とかフレンドリーにまずは言ってだな……」


「そんなこと別に聞かなくたって見ればわかるじゃない」


「いやだからきっかけ作りだよきっかけ作り! 


 大事なのはお声がけをきっかけにお客さんと楽しく話しができるかどうかなの!」


 ああいえばこういう生意気な新人に対して、俺はつい声を上げてツッコミを入れてしまう。

 するとそんなやり取りをしている間に、カランカランと再び鐘の音が鳴ってガラス扉が開いた。


「「いらっしゃいませ!」」


「……いらっしゃいませ」


 俺と茜の元気ある声音に続き、渋々といった具合に挨拶を続ける白峰。

 この点に関しても言いたいことは山ほどあるのだが、まあとりあえず挨拶ができるようになったことだけでもまずは良しとしよう。


「すいません、このお店って花瓶とかも扱ってますか?」


 入店してきた女性がレジにいる茜に向かってそんなことを尋ねた。

 すると茜は「はいっ、ご案内しますね」と笑顔で答えると、レジからひょいと出てきて女性客を雑貨が置かれている棚の方へと案内する。


「お花を飾るのが好きなんですか?」


「そうなんです。さっきも駅前の花屋さんでこの花を買ってきたところで」


「うわー、めっちゃ可愛いですね! このお花って何ていう名前なんですか?」


 お客さんが持っている紙袋を覗き込み、さっそく楽しそうな会話を繰り広げる幼なじみ。

 その掴みバッチリの接客スタイルを見て俺は満足げに頷くと、再び白峰の方を見る。


「ほら、あんな風にお客さんと楽しく話しができた方が白峰だって楽しいだろ?」


「……」


 俺の言葉を聞いて、「べつに」と何やら興味無さそうにぷいっと顔を背けてしまった白峰。


 けれども茜に対しては多少悔しさがあるのか、その頬は不満そうにほんのちょっぴりとだけ膨らんでいた。

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