第15話 ロープレ

「では、今日は接客の練習をやってみようと思う」


 場面は切り替わり、ここはコンシェルジュの店の中。

 俺は昨日と同じく白シャツに黒サロンを腰に巻いている白峰に向かってそんな言葉を言う。


「接客の練習って、具体的には何をするの?」


「そうだな。白峰の場合はまだ商品知識がないから最初のお声がけとか簡単な初期接客の練習だな」


 俺はそう言うとごほんとわざとらしく咳払いをしてから頭の中を整理する。


 接客の流れには、大きく分けると三つの段階がある。


 お客さんとの接点が生まれる最初のアプローチ部分と、相手のニーズをヒアリングしてそれにマッチした商品を提案するメイン部分。そして最後は購入の後押しや手続きに繋がるクロージング部分だ。

 俺が先ほど白峰に言った初期接客とは、主に最初のアプローチ部分のことを指す。


「初期接客については基本的なコミュニケーションができればとりあえず大丈夫だ。最初のお声がけも『何かお伺いしましょうか?』とか『よければ在庫をお調べしましょうか?』とか簡単な言葉でいいし」


「その程度のことだったらわざわざ練習する必要なんてないと思うけど」


「甘いな白峰。その程度のことっていうけどここが一番大事なんだぞ」


「?」


 相変わらず無表情でナメた言葉を口にしてくる白峰に対して俺はハッキリとした口調で言い返した。


「最初のお声がけっていうのは、お客さんがこのお店に対してどんなイメージを持つのかが決まる重要なポイントの一つになる。つまり白峰のお声がけによってそのお客さんがお店のファンになってくれるのかどうかが決まると言っても過言ではない」


 俺が強い口調でそう言い切るとお声がけの重要性を少しは理解してくれたのか、珍しく白峰からの反論はなかった。

 ちなみに今日は茜が休みなので横から余計な茶々を入れられる心配もない。


 これは新人教育にうってつけの日だなと改めて思った俺は再びハキハキとした声で話しを続ける。


「お声がけのポイントは『笑顔で愛想良く、そして元気良く』だ。これさえクリアできればあとはお客さんとどこまでも楽しく話しができるからな」


 俺がそんな言葉を口にした直後、黙ったままの白峰があからさまに嫌そうに目を細めてきた。

 そりゃそうだろう。笑顔で愛想よくなんて人付き合いが嫌いな白峰からすれば一番苦手な部分のはずだからな。


「それじゃあさっそくロープレでもやってみるか」

「ロープレ?」

聞き慣れない言葉だったのか白峰が小首を傾げる。

「そう、ロールプレイングの略でロープレ。お客様役とスタッフ役を決めて実際の接客を再現してみる練習方法のことだな」


 俺はここぞとばかりに得意げな顔をすると、白峰に向かってそんな説明をする。

 実際このロールプレイングと呼ばれる手法はアパレルショップなど他の接客業にもよく取り入れられているもので、俺もこのお店で働き始めた頃に親父から散々させられた練習方法だ。


「俺がお客様役になって家具を見てるから、白峰はタイミングを見計らって声をかけてみてくれ」


「……わかったわよ」


 さすがにこの状況では拒否できないと諦めてくれたようで、白峰が嫌々ながらも小さく頷いた。

 それを見て「よし」と気合を入れた俺はさっそくお客さんのふりをして店内を歩き始める。


「おぉっ、こんなところにカッコいい椅子があるじゃないか!」


「……」


 初めての練習にビビっているのか、それとも俺の見事なまでの名演技っぷりにビビっているのか、何やら俺のことを見つめたまま固まっている白峰。


「この背もたれのカーブが絶妙でオシャレだし、これってもしかしてよく雑誌に出てるやつじゃないのか?」


「……」


「もしかして座っていいのかな? ほらほら座っちゃうぞ? ほらもう座って……って、早く声掛けてこいよオイっ!」


 一人漫才みたいになってるだろうが! と声を上げて思わずツッコミを入れてしまう。すると白峰が汚物でも見るかのような軽蔑の眼差しを向けてきた。


「そんな気持ちの悪いお客に声なんて掛けられるはずがないでしょ」


「気持ち悪いってどういうことだよ! どう見たって名演技だっただろうが」


 なんで俺の方がダメ出しされなきゃいけないんだよ! と相変わらず反抗的な教え子に俺はつい声を荒らげると、今度は盛大なため息を吐き出してしまう。


「あーもう叫び過ぎたせいで喉が乾いてきたな。ちょっと二階で水飲んでくるから、白峰は声かけの言葉を考えといてくれ」


 俺は白峰にそう言い残すと、レジ横の階段を上がって家へと向かう。そして玄関に入るとそのまま真っ直ぐキッチンへと向かい、冷蔵庫に入っていた水のペットボトルをラッパ飲みした。


 せめてお声がけくらいできるようになってほしいんだけどな……。


 喉を通る冷たい感覚と共にクールダウンしていく頭でそんなことを思う。

 白峰が親父とどんな話しをしたのかは知らないが、この店で働くとなった以上接客は避けて通れない道だ。


「というより親父が誘ったんだから自分で面倒見ればいいじゃねーか」


 俺はそんなことを愚痴ると、今日もメーカーの人と打ち合わせがと言ってお店を不在にしている店主のことを頭の中で睨みつける。

 自由奔放な親父の行動には毎度悩まされるところではあるが、かと言って今日は自分が頑張るしかないので諦めてため息をつくと再び階段を降りて売り場へと向かう。

 すると足元から何やら話し声が聞こえてきた。


「だからこのソファの展示はないんかって聞いてんねん」


「いや、その私は……」


 どうやら俺が水を飲みに行っている間にタイミング悪く白峰がお客さんに捕まってしまったらしい。

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