第13話 研修スタート

「商品のブランド?」


 とりあえず真面目なトーンで話し出したのが功を得たのか、白峰が首を傾げて聞き返してきた。


「そう。ほら鞄とか洋服にもブランドって色々あるだろ? それと同じで家具や雑貨にも色んなブランドがあるんだよ」


 俺はそう言うと店内を歩き出し、白峰が初めてこの店に来た時に見ていた椅子をレジの前まで運んでくる。


「それってあの詐欺まがいに値段が高かった椅子ね」


「おいそこ口を慎め、そしてウェグナー様に謝れ」


 またも心外なことを言ってくる相手に向かって俺は強い口調で言い返す。そして手元にある椅子をビシッと指差した。


「この椅子はYチェアと呼ばれて親しまれている名作チェアの一つだ。正式名称はCH24、そしてこの椅子を作っているメーカーこそ世界的に有名なデンマークのブランド『カール・ハンセン』だ」


 俺は白峰を前にしてドヤ顔でそんなことを言い切った。

 北欧の国デンマークには数多くのインテリアブランドが存在し、カールハンセンは1908年から続く老舗のメーカーの一つで様々な名作家具を作っている。

 中でもこのYチェアは天才デザイナーであるハンス・J・ウェグナーの傑作で、インテリアに興味がない人でも見覚えがあるほど有名な椅子の一つだろう。

 なんたってアニメ好きの快人いわく新海監督の映画にもチラッと出てきたくらいだからな。


「うちのお店にはそんな有名ブランドから無名ブランドまで様々な商品を扱っているけど、主に北欧のブランドが多い」


「……」


「コラそこで無言になるな。ここは『なんで北欧なの?』って聞き返してくるところだぞ」


 俺がそんなことを指摘すると白峰はたいそうウザそうに眉根を寄せてきた。あと茜さん、レジカウンターで暇そうに頬杖ついて欠伸をしないで下さい。


「いいか白峰、北欧にはオシャレでインテリア好きなら誰もが憧れる家具や雑貨が色々あるんだ。中でもさっき説明したカールハンセンや同じくデンマークブランドのフリッツハンセンにPPモブラー、それにHEYとかフレデリシアなんかはこの店で働くにあたり押さえておきたいブランドたちだな」


「よくそんなに色々と名前が出てくるわね」


 感心しているのかそれとも馬鹿にしているのか、白峰はどちらともわからないような無表情でそんな言葉を言う。


「当たり前だろ。こう見えてもこちとら小学生の時からこの店で過ごして名作家具たちと一緒に育ってきたんだからな」


「そんなこと言って小学生の時はママにべったりで遊んでばっかりやったけどな」


「おい茜、無駄な情報まで開示せんでいい!」


 横から余計な茶々を入れてくる幼なじみに向かって俺が言い返せば、茜はふんと不機嫌そうに顔を逸らしてきた。まったく、どいつもこいつも問題児ばかりで困ったもんだ。


「ってか翔太、そんな豆知識の自慢ばっかりじゃなくてもっと接客的なことも教えた方がいいんちゃう?」


 今度は呆れた口調で茜がそんなことを言ってくる。自分としてはもっとインテリアの魅力について熱く語りたいところなのだが、茜の言葉も一理あるので俺は「うーん」と考え込む。


「まあそれもそうだな……だったら手始めに挨拶の練習でもやってみるか」


「挨拶?」


 俺の言葉に白峰が再び小首を傾げた。


「そう。接客業といえばまず何よりも挨拶が大事だ。というより人と人とのコミュニケーションの基本は挨拶だからな」


「……」


 俺の大切な教えに対して、白峰が黙ったまま今度は何やら怪訝そうに目を細めてきた。するとまたしても横から茜が口を挟んでくる。


「お客さんに挨拶するなんて当たり前やん。そんなん練習する必要ないと思うけど」


 アホちゃう、と言わんばかりに白けた視線を向けてくる幼なじみ。

 いやいや茜、こいつを舐めるなよ。普段学校でも誰とも挨拶ひとつ交わさずに孤高を貫いて拗らせている女だぞ。


 まさにあだ名をつけるとするならガラパゴス白峰だな、などと芸人みたいな名前を心の中で勝手に命名してみたが、本当に口に出してしまうとマジでビンタされてしまう恐れがあるのでここでは言わない。


「それじゃあまずは俺が手本を見せるから白峰も同じように後に続いてくれ」

 

 俺はそう言うと姿勢をピシッと伸ばし、そして目の前にいる白峰のことをお客さんに見立てると、最高の挨拶を披露する。


「いらっしゃいませ!」


「……」


 返事はない、どうやらただのシカトのようだ。


「おい! 俺が『いらっしゃいませ』って言ったら、そこは反復して『いらっしゃいませ』って返してくるところだろ」


「そんなの知らないわよ」


「ぬぐぅっ」


 さっそく反抗的な態度を取ってくる新人に俺は思わず苦い声を漏らしてしまう。


「あのな白峰、これから一緒に働くことになるんだからもうちょっと仲良くした方が――」


「べつに仲良くならなくたって仕事はできるでしょ。それに私、誰かと親しくなりたいなんて一度も思ったことがないから」


「……」


 こちらが友好的に一歩歩み寄ろうとしても、話しの途中でバッサリと切り捨ててくる相手。

 そんな自分たちの様子を見ていた茜は小さくため息を吐くと、「アホくさ」と呟いて再び一人で掃除を始めてしまった。


 どうやらこれは想像以上に新人教育の道は険しく長いものになりそうだ。

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