第2話 高校生活

 始業式から数日が経ち、クラス内ではこいつは面白いやつとか物静かなやつなどとランク分けもグループ分けも明確になってきた頃、俺は休み時間に自分の席に座りながら教室の風景をぼんやりと眺めていた。


「いやー、やっぱ白峰しろみねさんってほんま可愛いよなぁ」


 突然俺の目の前にドカッと座り、呑気な口調でそんな言葉を口にしてきた男。


 少し茶色に染まった短髪に、すっと目尻が釣り上がった狐目。

 パッと見はイケメンで陽キャっぽい印象もあるのだが、そのどこか飄々とした態度が胡散臭い感じもするこの男の名前は浅倉あさくら快人かいとという。


 こいつとは一年の時に同じクラスになり何かと一緒になることが多く、俺にとっては一応友達と呼べる相手だ。


「それにしても今年の俺らのクラスはほんま当たりやったな。転校生の白峰しろみねさんに一年の頃から人気のあった水無瀬みなせ姫奈ひなちゃん。これにエルフの美少女とかちょっとドジなサキュバスの女の子とかおったらもっと最高やったんやけどな」


「俺は嫌だぞ。そんなカオスみたいな教室」


 三次元から急に二次元の女の子を求め始めた相手に俺は思わずジト目を向ける。そう、コイツは見た目は陽キャっぽいくせに中身はゴリゴリのオタクなのだ。


 ふざけたことばかり言っている相手に、俺は呆れたため息を吐き出すと続け様に言う。


「にしてもお前よく凹まないよな。白峰さんにあんな強烈なビンタされといて」


「何言ってんねん翔太。あるかもしれんやろ、ビンタから生まれる愛が」


「あったとしても行き着く先がバッドエンドにしか見えんのだが?」


 これといって特に落ち込んだ様子も見せることなく馬鹿な言葉を続けてくる相手。

 今の会話からお察しの通り、始業式の日にあの強烈なビンタを食らっていた男は、何を隠そうコイツなのだ。


「けどあれはさすがにビビったで! 『これからよろしゅー!』って握手しようとしただけやのに、まさかいきなりビンタされるとは思わんかったからな」


 まるで世間話でもするかのように、快人は笑いながら己の失態談を話す。


「ほんとお前のメンタルって無意味に強いよな……」と俺はつい呆れた口調でそんなことを呟くと、相変わらず一人ぺちゃくちゃ漫才師のように喋り続ける相手を無視してチラリと窓際の方を見る。


 すると視線の先に映るのは、窓から差し込む木漏れ日をスポットライトのように浴びて、今日も読書に勤しんでいる一人の美少女の姿だ。


 シルクのような光沢のある黒髪に、触れずとも滑らかであろうことがわかる色白の肌。


 そしてくっきりとした大きな猫目と目鼻立ちの整ったその顔は、もはや美人を通り越してどこか作り物めいた雰囲気さえ感じさせるほど。


 そんな彼女こそ先ほどから快人が一人勝手に絶賛している女の子、白峰しろみね華煉かれんだ。


 東京から転校してきたという彼女は、大阪の進学校であるこの風清高校の転入試験をほぼ満点の点数でパスしたという噂を持つほどの学力の持ち主で、早くも容姿端麗の完璧超人という肩書きを生徒たちから付けられている。


 しかし快人に思っきりビンタをかましていた通りそのツンツン具合はかなりのもので、熱烈に話しかけている生徒(特に男)はよく見かけるけれど、いまだ彼女が友好的な態度で誰かと話しているところは一切見たことがない。


 まあ、俺は関わることがないだろうな……。


 周りのクラスメイトたちがチラチラと白峰の様子を伺っている中、俺はどこか一歩引いた気持ちでそんなことを思う。


 同じクラスになったとはいえ、他人との関わりを拒絶している人間にズカズカと話しかけるほどの無神経さもなければ度胸もない。

 ましてや相手はいきなりビンタをかましてくるような人間だ。もしも気軽に話しかけようものなら、俺にだってどんな仕打ちが待ち受けているのかもまったくわからない。


 まさに、『触らぬ美少女に祟なし』である。


 なんて一人心の中で教訓じみたことを考えていたら、再び快人の声が聞こえてくる。


「見てみい、あのまるでラブコメの世界から飛び出してきたかのような見た目と存在感。黒髪で色白のクールな美少女とか、あの子おっぱいもすごいけどデレた時もぜったい凄いで」


「お前な……本人の前でいったら今度はビンタじゃなくてマジで刺し殺されるぞ」


 まったくどんな図太い神経をしているのか。思いっきりビンタを食らっている立場でありながら、人様の内面どころか胸元事情まで勝手に推測している男に俺はまたも呆れてしまう。


「頼むからそのオタク脳は今年こそ控えめにしてくれよ」


「えらい心外なこと言うな。俺のことをオタクって言うならお前もたいがいやからな」


「それこそ心外だ。俺はお前と違ってアニメとかラノベとかいう本も興味ないし、それにスマホゲームに課金し過ぎて親にスマホを没収されたこともない」


「言うな言うな、あのせいでガチャ回せんかった古傷が痛むやろ!」


 そう言ってわざとらしく両手で胸を押さえて苦しそうな表情を浮かべる相手。


「ってかお前そんなふざけたことばっか言ってないで、今度白峰さんに話す機会あったらちゃんと一言謝っとけよ」


 このままだと延々と馬鹿な会話が続いてしまうと思った俺はそろそろこの話題からおさらばしようと思い、友人として真面目な忠告をする。


すると快人は「そりゃもちろんっ」と親指をぐっと立ててきかと思うと、なぜかニヤリと笑う。


「ちゃんと伝えとくで。『君のツンデレ気質に乾杯!』って」


「もうええわっ!」

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