ブヒッ! 〜奥の院峰・栄蔵室・花園山〜
早里 懐
第1話
土曜日は一日中寝て過ごしてしまった。
なぜならば、金曜日の仕事が長引いてしまい、帰宅したのが土曜日の朝方だったからだ。
このような話をすると私の勤めている会社はブラック企業なのではないかと疑われるかもしれないが、そういうわけではない。
また、私はいわゆる仕事人間や社畜というわけでもない。
アクシデントがあったためこのような結果になってしまったのだ。
いずれにせよ、貴重な週末の内の一日を棒に振ってしまった。
日曜日こそは大好きな山登りをすることを心に決めて寝床についた。
7時に自然と目が覚めた。
好きなことが待ち構えていると、びっくりするほど寝起きが良いのだ。
山登りの準備は前日のうちに済ませてある。
妻はママ友とのランチ。
子供たちの部活動は休み。
よって、送迎もなし。
尚且つ天気予報は晴天。
好き勝手に行動出来る日。
そう。いわゆる、登山日和だ。
身支度を整えて家を出発した。
週の半ばから続く寒波の影響から多少路面が滑りやすくなっている。
アクシデントはもう懲り懲りであるためハンドル操作を慎重に行い目的地に向かった。
本日は茨城県花園渓谷にある奥の院峰、栄蔵室、花園山の周回コースを歩く。
私は花園神社の駐車場に車を止めて出発した。
始めの山道はアイスバーンになっており所々で足をとられた。
しばらく歩くと奥の院峰の入り口に着く。
ここからは急な階段と登り坂がある。
また、想定よりも雪が積もっているためチェーンスパイクを装着した。
余談だが本日がチェーンスパイクデビューである。
グリップが効きとても歩きやすい。
もう少し早めに装着しておけば良かったと反省した。
七ッ滝や鎖場を通過して奥の院峰の山頂に着いた。
しばらく景色を眺めて、栄蔵室に向かって歩き出した。
ここからは積雪がさらに多かった。
雪に埋もれながら足を進めていたが、ここでアクシデントが発生した。
「冷たいっ!!」
靴の中に雪が入ってきて靴下が濡れたのだ。
まずい。このままでは足が臭くなる…。いや、足が感覚を無くしてしまう。
雪山でこの状態は危険だ。
このまま進めばさらに雪も入る。
ここまでの積雪は想定していなかったため、ゲイターは無い。
私は考えた。
そうだ!!これだ!!
ズボンの裾にゴムが通してあり絞れるではないか。さすがノースフェイスだ。
私はズボンの裾を靴に被せゴムを引いて絞り、再び歩き出した。
なんと、雪が入ってこないではないか。
人間は考えることを諦めなければ、どんなピンチでも必ず乗り越えることができる。
そうだ、会社で起きたアクシデントも見事乗り越えたではないか。
私は自信を得ることができた。
そんな自分が誇らしく、胸を張って歩いていると、更なるアクシデントが発生した。
「まぶしいっ!!」
雪が太陽光を反射し、私の眼球に光線を浴びせてくる。
ちなみにサングラスは忘れた。
私は考えた。
そうだ!!これだ!!
歌えば良いのだ。坂本九を。
そう、上を向けば眩しくないのだ。
私は青空を眺めながら歩いた。
しかし、そのせいで、倒木につまずき転んで木に頭を強打した。
その痛みが強烈で、私は泣きながら歩いた。
ひとりぼっちの雪道を…。
そんな、ゴタゴタを繰り返しながら歩いていると、栄蔵室山頂手前の関東富士見百景の一つに到着した。
しばらく目を凝らしたが、残念ながら富士山は見えなかった。
ここで妻のお手製スコーンをいただき、栄蔵室山頂を目指した。
この辺りまで来ると積雪は40センチほどある。
ワカンやスノーシューが欲しいくらいだ。
栄蔵室の山頂は眺望がないため、そのまま通過し、花園山を目指した。
花園山までは一度標高を下げてからの登り返しであるが、雪山登山の新鮮さから私の感覚ではあっという間であった。
花園山山頂で軽食を済ませ、花園神社を目指して下山した。
雪道を気分良く下っていると、ここで本日最大のアクシデントが発生した。
少し離れた斜面の上の方から「ブヒッ!ブヒッ!」と声が聞こえたのだ。
一瞬、妻かと思い振り向いたが、今日は一人で登っている。
ママ友とランチをしている妻がこんなところにいるはずはない。
私は目を凝らした。
するとそこには猪がいた。
私はこのアクシデントを乗り越えるために考えたが猪を撃退する道具は持っていない。
物音を立てずに慌てず静かに下山した。
下山後はそのまま、花園神社に参拝した。
無事に下山できたお礼と、アクシデントはもう懲り懲りですと伝えるために。
そう。最後は神頼みだ。
ブヒッ! 〜奥の院峰・栄蔵室・花園山〜 早里 懐 @hayasato
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