鏡開き

第7話

 奇妙な出来事が起きるようになったのは、鏡餅を捨てた直後のことだった。


 二瓶にへい由紀子ゆきこは去年の暮れに大家から立派な鏡餅を譲り受けた。由紀子はそれを正月の間台所に飾っていたのだが、一月十一日になっていざ鏡開きをしようと思ったら、餅はカビだらけですっかり傷んでしまっていた。


 本来なら鏡餅は包丁などの刃物を用いず、小槌などで叩き開いて食べるものとされている。切ることは切腹を連想させる為、縁起が悪いというのがその理由だ。


 ――切ることすら避けなければならないのだ。当然、捨てるなどもっててのほかである。


 とは言え現実問題、カビのある餅を食べるのは抵抗がある。そこで由紀子は一応は塩で清めてから、他のゴミと混ざらないように別の袋に入れてから捨てることにした。


 ――今思えば、この選択が大きな間違いだったのかもしれない。


 鏡餅を捨てたその日の夜、午前2時頃、寝室で休んでいた由紀子は自宅の勝手口の扉が閉まる音を聞いた。

 由紀子は同居している娘が出掛けたのだろうと考えたが、こんな時間に外に出るのは少し妙だとも感じた。寝室を出て娘の部屋に声をかけても返事はない。

 由紀子は朝になって訊いてみればいいかと思い直し、布団の中に戻ることにした。


 翌朝、由紀子は娘に昨晩出掛けたかを尋ねるが、娘の返答は「知らない」という素っ気ないものだった。


 しかし、由紀子は確かに聞いた。真夜中に勝手口の扉が閉まる音を。


 ――あれが唯一の家族である娘の出掛ける音ではなかったなら、一体何だったのか?


 その日を境に、何故か家の中でネズミを見ることが増えた。

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