第4話

 ――豊島とよしまがいなくなった後の鏑木かぶらき探偵事務所。


「……で小林こばやし、本当のところ、例の両替男とは一体何者だったんだ?」


 鏑木がコーヒーを一口飲んで、小林に質問する。


「その言い方は心外だな。それではまるで、私が依頼人に対して嘘を話したみたいじゃないか」

 小林が眉間に皺を寄せて言う。


「実際そうだろ。お前は真実をねじ曲げて、自分に都合のいい推理を話すことがある」


 小林は嘲るようにジロリと鏑木を見る。


「……ふん、まさかとは思うが鏑木、お前、実際に起きたことだけが真実だとか思ってるんじゃないだろうな?」


「……なッ!? それはそうだろう。実際に起きてもいないことが真実であるわけがない」


「その認識が大きく間違っている。そもそも真実など、それほどに大層なものではない。個人個人が勝手に信じたいもの、見たいもの、それが真実なのだ」


「……そ、そんなのは詭弁だ!!」


「おいおい、それを否定する権利は何人たりともない筈だぞ。ある者にとって殺人鬼は英雄であり、ある者にとっては英雄は殺人鬼であり得る。誰が何と言おうと、どちらも紛れもない真実だ」


「……ぐッ」

 鏑木は言い返すことができずに黙り込む。


「それにだ、両替男の行動についての情報がそもそも少なすぎる。これだけの情報で唯一無二の正解を導き出すことなど不可能だ。ならばせめて、依頼人にとって都合のいい推理をしてやるのが人情というものだろう」


「……やっぱりねじ曲げてやがったな」


「依頼人、豊島は後輩から両替男の話を聞いたと言っていたが、おそらくあれは嘘だな。本人が来るならまだしも、他人のこんなよくわからない話の相談をわざわざ探偵事務所に持ち込むくらいなのだから、豊島はこの話を聞いた相手に相当ご執心と見える。恋人、否、もっと高嶺の花か、お気に入りのキャバ嬢ってところだろう」


「…………」

 その推理については、鏑木も当たらずも遠からずだろうと思う。

 客が銀行員なら酒の席での話題として、今回の両替男の話が出るのも自然である。


「そこでちょっとしたサプライズを用意した。単に両替男の目的を言い当てるだけでは盛り上がりに欠けるだろうから、解決編にはグラスと五十円玉二十枚さえあれば簡単にできるマジックを組み込んでみたわけだ」


「……まさか、その為だけにマジックを考案して実演までしたのか?」


 あんぐりと口を開けている鏑木に、小林はニヤリと笑ってみせる。


「なァに、そのくらい大切な依頼人の為ならお安い御用だ。きっと今頃、大喜びで自分の千円札を五十円玉二十枚に崩しているところだろうさ。んふふ」


 そう言ってほがらかに笑う小林の善性をどこまで信じて良いものか、鏑木は計りかねていた。

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