④自分事
肩を揺すられて気が付くと、血相抱えた明ちゃんかわたしの顔を覗き込んでいた。
ふと左を見ると、真っ白な床と壁が続く廊下の、壁沿いに設置してある長椅子に座っているのだと分かった。反対側には銀色の、左右にスライドして開くタイプの扉があり、その上には手術中と書かれた横長のプレートが赤色に点灯していた。
「美蓮!」
もう一度揺すられながら呼ばれて、明ちゃんに呼ばれているのだと気が付いた。
気が付いたというより、自分事だという自覚ができた。
もっと早くから呼ばれていたはずなのに、今まで他人事のように感じてしまっていた。
「あか、り、ちゃん」
喉は何年も使っていなかったみたいに力が入らず、それでも何とか声を絞り出した。
「大丈夫? 美蓮?」
明ちゃんは眉尻を下げて優しく尋ねてきた。
わたしは頭がぼんやりとしてなにも思い出せなく、頭を左右に振った。
真っ白な壁と廊下の空間が、とても居心地が悪かった。
真っ白な部屋の中でお父さんが死んだ。
それ以来、真っ白な空間が苦手だ。
なのにどうして、わたしはここに居るのだろう?
右の扉の上には手術中と点灯しているけれど、一体誰の手術をやっているのだろう?
そういえば、どうして明ちゃんまでもこんなところに居るのだろう?
そんなことより、お兄ちゃんはどこだろう?
ズキン、と頭が痛んで俯くと、わたしの服が赤黒く染まっていた。
見ると両手や足も同じように染まっている。
どうして?
気味が悪くて怖くなり、お兄ちゃんに抱きしめてもらいたい気持ちになってまた頭が痛んだ。
顔を顰めると明ちゃんが抱きしめてくれ、優しく背中を撫でてくれる。
「あ、あかり、ちゃん。わたし」
「大丈夫だから、辛いなら何も言わなくていい」
「あ、あ」
明ちゃんの体温を感じながら背中を優しく撫でられていると、小さいときに怖い夢を見たときのことを思い出した。わたしが泣きながらお母さんのところに行くと、お母さんはわたしが眠るまでずっと、背中を撫でてくれた。
そういえば、そうだった。
「あ、あ、あ!」
危篤状態のお父さんが衝撃的すぎてお父さんのことばかり考えていた。
だけど。
今になってようやく、衝撃がやってきた。
お母さんはあの日、冷たくなって動かなくなっていた。
「お母さん、死んじゃったんだね」
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