美容師と司書

浮和々 梵天

美容師と司書

柔らかい日差しが窓から降り注いでいる。ジョキリジョキリとリズミカルに音が鳴る。3ヶ月ぶりの散髪に、男は来ていた。

「前髪の長さはこのくらいでどうですか?」

「もう少し短めで、あとは梳いてもらえば」

「分かりました」

 しばし沈黙が流れる。数年前に流行ったアップテンポの曲が、穏やかな雰囲気にアレンジされ店内に流れている。

「……お客さん、職業は?」

「司書です」

「し、しょ?」

「図書館で働いてます」

「へえ、そうなんですね」

 美容師が別のハサミに持ちかえる。

「今って、自分で欲しい情報をすぐに手元のスマホで調べたり、電子書籍で色んな本を場所を気にせず読めるようになりましたよね。紙の本て、重いし場所を取るし、中の情報が書き換えられなくてどんどん古くなるし、将来無くなりそうですよね」

「どうですかねぇ」

「そのうち電子書籍だけで発行されて、紙の本なんてよっぽどの物好きじゃないと買わなくなりそうですよ。そうなったら、図書館も危ないんじゃないですか?」

「どうでしょうかね」

 美容師がハサミをしまい、こんな感じですかと尋ねる。目の前の鏡を見ながら、男は満足そうに笑顔で頷く。

 じゃあ、これからカラーに入るんで準備しますね、と席を離れる美容師の背中を、男は鏡越しに見ていた。






 それから15年後、高度な人工髪が開発され、それに合わせ画期的なウィッグが世に出た。従来のウィッグは高温のコテやアイロンを使えるものが限られており、手入れも大変だった。しかし新たなウィッグは、付属のパーツを使えば不器用な人でも短時間で簡単に希望する髪型や髪色が変えられる。特殊なコーティングがされているため水で流せばすぐに汚れが落ち、自然乾燥で元通りになり手入れも簡単。耐久力も抜群にあるのに価格は以前の半額以下。頭を脱毛してしまえば、ウィッグもさらに被りやすくなり、シャンプーなどの時短が可能になる。人工髪が開発され5年も経った今、世界中に広くウィッグが普及され、ウィッグを使用する大半の人が頭を脱毛している。これにより、まず「ハゲ」という概念が無くなり、続いて毛髪に関する偏見が消えていった。



 男が、約20年振りにあの美容室に訪れた。今回は散髪ではなく、ヘッドマッサージをお願いする。

 他の客は居ないようで、すぐに店の奥のシャンプー台に案内され座り、施術が始まる。

「……今日が営業最後なんですって?」

「ええ、あんなウィッグが普及しちゃったせいで、自分で髪を伸ばして手入れするなんて、よっぽどの物好きしかいなくなりましたよ。おかげで美容室がバタバタと潰れ、ついにうちもその煽りが来ました。今はウィッグの改造が6割、マッサージが3割、お客さん自身の髪の散髪が1割ってところですね。こうなると張合いがなくて」

「大変ですね」

「えぇ、技術の進歩でこんな事になるなんて……そういえば図書館で働いてるなんて言ってましたね。あれからどうです?」

「いや、色々ありました。インターネットと電子書籍の普及で、最初から電子だけで発行される作品が多く出てきましたね。なのに掲載していたサイトが数年でサービスを終了することになって、その作品が二度と読むことが出来ない。悩んだ人が、何故か図書館に来るんですよ。『こういった作品がこのサイトにあったんだけど、ここでそのコピーを保存してないか?』なんて無茶苦茶な依頼が、5年前から格段に増えましたね」

「大変ですね。どうするんですか、そんな依頼」

「 電子書籍は館内で閲覧できるんですが、サイトごと無くなったらどうしようもないです。ただ、ダメ元でそのサイトを経営してた会社に連絡してみると、作者さんと繋げて貰えることがあるんです。作品が別媒体で残ってた時は、相談者さんとその会社とをお繋げしたことが何回もありましたね」

「あれ、ちょっと待ってください。前に何かの記事で見ました。失われた電子作品と再会させる人って表彰されてませんでたか。あれはあなただったんですか」

「えぇ、まあ、そんな事もありましたね」

「凄いですね。じゃあもう需要が続く限りずっと仕事を続けられますね」

「いえ、実は先月辞めました」

「え、そうなんですか。表彰もされたのに、どうして」

「はは、まあ表彰がきっかけとも言えますね」

「どういうことですか?」

「無くなったサイトだけに掲載されていた作品を、会社と作者に許可を取って印刷、発行しそれを閲覧出来る専用の施設を作ったんです。1週間後にオープンする予定です。私設図書館のようなものですかね」

「すごいな……なんていうか、下品な質問ですけど、そういう施設って儲かるんですか?」

「入場料を少しばかり取るのと、欲しい本があれば買取可能にするので、そこから作者さんと利益を分け合う形でどうにかやっていくつもりです。オープン前の今もかなり問い合わせが来ています。買取希望の電話が、ほとんどを占めてますね」

「へえ、やっぱり紙の本が欲しくなるんですね」

「形あるものへの需要は、いつまでも無くなりませんからね」

 つるりと光る頭を指圧されながら、気持ちよさそうに男は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美容師と司書 浮和々 梵天 @mimi_kakikaki_fuwafuwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ