第5話 日本:コメディアン トオル
あの日、世界は変わってしまった。笑いのない世界に……。
地球規模のシャークエイリアンの危機に、人類は疲労していた。島国であるからなのか、この日本は大陸と比べると比較的被害が少ないらしい。
だが到底昔のような生活はできない。ここにもサメ共はいるのだから。
僕たち人間は空飛ぶサメの脅威に怯えながら、頑丈な壁に覆われた避難所で身を寄せ会いながら生活している。僕もコメディアンの端くれとして、せめて不安に身を震わせる子供たちを笑顔にしたいのだが……。
「トオルちゃん、ぽ~ん!」
「…………」
僕の渾身のギャグでも笑顔を作れない。そんな暗闇の世界さ。
テレビの有名なお笑いグランプリで披露するはずだったこのギャグは、友達の評価では昭和っぽいと評判だった。
ここから僕の芸人人生が変わるはずだった。正直、優勝は無理だろうとは思っていた。大きな事務所に入っていない僕ら地下芸人では権力的に格差があるし、大手事務所とテレビ局の出来レースの可能性だってある。それだけじゃない。新しい笑いについていけない古臭い感覚の審査員達もいる。
「でもテレビの前の視聴者はだませないのだ」
お笑いグランプリが開催されていたのなら、「あいつ面白いな」と評判になって、それこそ大手事務所からスカウトが殺到していたんじゃないかとは思っている。
でもシャークエイリアンのせいで全てが台無しだ。
そして、みんなが助け合わなければいけないこの避難所でも争いが絶えないのが現実だ。
「また食材がなくなっているじゃないの。あなた、寝る前にちゃんとチェックしたのよね?」
「何度同じことを言わせんだよ婆さん。最近盗難が多いから、きちんと数は数えたぜ!」
「まあ、婆さんって! 私はまだ60前よ!」
厨房で大きな声をあげて、くだらない争いをしている大人達。止めさせよう。子供たちが怖がるじゃないか。
「およしなさいよ! たかが食べ物が1つ、2つなくなったくらいで。子供たちの笑顔を守るのが僕たち大人の役割でしょ~が」
「なんだ、トオルかよ。その子供の笑顔を作るプリンがなくなってるんだよ。こうなったら徹底的に犯人探しをしてやろうじゃないか」
「犯人探しなんてお止めなさいよ! それこそ子供がこっそり持ち出したのかもしれないじゃないのさ」
「そう言えばトオル君。あんた、よく夜中に起きてない?」
「いつサメが襲ってくるかと思うとなかなか寝付けなくてね」
「怪しいわね。あんたは、いつもくだらないことばかり言ってサボってばかりだし」
ああ、嫌だ嫌だ。人間の嫌な部分を見せつけられる。極限に立つと人間性が出るってこのことだよな。避難所に笑顔を作ろうと努力している僕のトークをくだらないだなんて。
「それじゃあサボらないで見回りに行ってきますよ。大声で子供が怯えているから、もう言い争いはお終いにしなよ」
大人たちの意地汚いケンカには嫌気がさした。屋上で一人、シャークエイリアンの監視をした方がマシだ。
この建物は、閉鎖されたばかりの中型ショッピング施設だ。建物自体は頑丈でサメの侵攻を防いでくれるだろうが、いかんせん出入り口が多すぎる。たいていの場所はシャッターやバリケードで防いでいるのだが、屋上は強化ガラスのサンルーフなど比較的防御に不安が残る。
普通は屋上からの侵入など考えなくてもいいのだろうが、何しろシャークエイリアンは空を泳いで来るのだから、僕はここを危険視している。サボるなんてとんでもない話だ。
一人屋上に上り、空を見上げる。視界にサメの姿はない。
ポケットから取り出したプリンを付属のプラスチックの小さなスプーンで口に運ぶ。甘いものが体に入ると脳が活性化するような、そんな気がする。
「あのクソババアどもをサメが蹴散らしてくれたら愉快だろうな」
一瞬浮かんだ黒い感情を慌てて打ち消す。僕は人々を笑顔にするために存在するのだから。
世界に平和が戻ったら、その時はきっと子供たちをとびっきりの笑顔にしてやろう。僕の自慢のこのギャグで。
「トオルちゃん、ぽ~ん!」
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