74話  同じ気持ち、同じ答え

ノックもせずに入ってきた莉愛を見て、蓮はぽかんと口を開くしかなかった。


だけど、莉愛は何故か頬を赤らめながら蓮に問う。



「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「……な、なんだ?」

「もしかして、藍子さんになにか言われたの?たとえば、その……再来年までアメリカにいることになった、とか……」



……なるほど、莉愛も茜さんに連絡をもらったのか。


なら、隠す必要もないだろう。蓮はすぐに頷きながら莉愛を見つめた。



「ああ、ちょうどさっき電話があったけど……別にどっちでもOKって答えた」

「……どっちでも、OKなの?」

「うん。当たり前だろ」



君が寂しがるかもしれないから。


二人でいるのがちょっと窮屈に感じられるかもしれないから。君は茜さんやロバートさんが大好きだから……俺じゃ埋められないなにかがあるはずだから。


その言葉を並べて伝えたかったけど、蓮の恥ずかしさがその衝動に蓋をした。


莉愛は少しだけ頬を膨らませて、不機嫌な表情を見せる。



「……どっちでもOKなんだ。ふうん」

「なんでそんなに不満そうなんですか、莉愛さん~?」

「……本当に、どっちでもいいの?」

「えっ」

「答えてよ。どっちがいいのか。私たち二人きりがいいのか、家族と一緒にいるのがいいのか……答えてよ」



莉愛はさっきより頬を染めながらも、すいすいと蓮に近づく。


綺麗な白金髪と青い瞳が目の前で揺れて、蓮は思わず椅子を後ろへ転がそうとした。


だけど、それよりも前に―――莉愛は連の前に立って、彼を見下ろす。



「早く答えて、どっちがいいのか」

「…………………莉愛」

「答えなかったら、絶対に口きいてあげないから」



子供っぽい物言いに、蓮は思わずぷふっと噴き出してしまった。でも、いいっか。


……こんな子供っぽい莉愛が、純粋な莉愛が大好きなんだから。



「正確に言うとさ」

「うん」

「君の決断に任せるって、言った」



咄嗟に言葉の意味を掴めず、莉愛は目を丸くする。


蓮は立ち上がってから、ゆっくりとした口調で言葉を付け加えた。



「君が寂しがるかもしれないから。その……だから、君が茜さんたちに帰って欲しいと言ったら、俺もそのままお母さんに帰ってきてって言うつもりだったんだよ」

「……それって」

「ほら、お母さんたちも茜さんと一緒に行動したがるじゃん?だから、君の意志が大事だと思って―――」

「答えになってない」



後ろ頭をかきながら蓮がそっぽ向いていると、直ちに莉愛の言葉が突き刺さる。


莉愛は、もう一歩蓮に近づいて、もはや息遣いが届きそうな距離で好きな人を見上げた。



「答えに、なってない。あなたはどうして欲しいのか、言ってないじゃない。あくまで私に合わせようとするし……」

「……それは、仕方ないだろう」

「なんで仕方ないの?」

「…………………っ」



好きだから。


死ぬほど好きだし、自分自身よりよっぽど大切に思っているし、この先もずっと一緒にいたいと思っているから。


でも、洪水のようなこの想いをぶちまけてしまったら、莉愛の意志を尊重することができなくなりそうで。だから、蓮は我慢をしているのだ。



「………好き、だから」

「………」

「俺の些細な幸せより、君の意志がよっぽど大事だから……だから、君に会わせようとしたんだよ」

「……じゃ、来年も再来年も、二人きりがいいってことよね?」

「っ……!?きゅ、急に露骨なこと言うなよ!大体さ、君は―――」

「答えて」



なんとか誤魔化そうとしたけど、無理だった。莉愛の冷静かつ熱い言葉が鳴り響き、蓮の言葉は遮られる。


二人の体はもう触れ合う寸前だった。どちらかがあと一歩踏み出せば密着できるほど、距離はなくなっている。


そんな状況で、莉愛は狂おしいほど蓮を見上げた。逃げるのを許さない目をしていた。


結局、蓮は深呼吸をして、本音をこぼすしかなかった。



「――再来年も、足りないんだ」

「…………え?」

「本当は、ずっと……お母さんたちが日本に帰ってきてもずっと、二人きりでいたいんだよ……」

「…………………………………」



……あ。


あ、あ………ぁ、あ………。


この男……この男は、本当に……。



「……なんだよ、その顔」

「ふ、ふうん……そう、なんだ……」

「……それで、君はなんと答えたんだ?」

「な、なにを?」

「その様子だと、茜さんにも同じこと聞かれたんだろ?再来年までアメリカにいるか、来年に日本に帰ってくるか。君は……なんて答えたんだ?」

「………………」



莉愛は本能的に察した。いや、察するしかなかった。蓮が自分の返事を知っているという事実を。


それでも、あえて確認しようとする理由は―――安心するため。そして、自分の羞恥心を掻き立てるため。


それをすべて分かっているにもかかわらず、莉愛は。



「決まってるじゃん……もう一年、二人きりでいさせて欲しいって、言った……」



言わずには、いられなかった。


返事をしなかったら、目の前の蓮が絶対に納得してくれなそうだったから。いや、それ以上に………。


あなたと同じ気持ちだってことを、莉愛はどうしても伝えたかったのだ。



「…………」

「…………」



蓮は顔を染めながらも、震える手で莉愛の肩を掴める。


反射的に体を跳ねさせた莉愛は、すぐに蕩けた顔で好きな人を見つめた。つま先立ちになろうとして、先に唇が塞がれる。


蓮は腰を曲げるように俯きながら、莉愛を抱きしめる。互いの熱が唇を伝ってまじりあう。



『本当に、バカ………バカ、バカぁ……』



なんでこんなに、私を振り回すの。おかしいじゃん。また私だけ溶かして、ドキドキさせて。


ああ……でも、そんな文句を言うにはキスが暖かすぎる。莉愛は目じりに涙まで浮かばせながら、蓮の唇に強く吸い付いた。



「好き……んちゅっ、すき、すきぃ……大好きぃ………」



このまま本当に死んでしまうんじゃないかと思えるくらい、莉愛の胸がパンパンになる。


再来年にとどまらず、その先も見据えてくれている蓮が愛おしすぎて、脳が狂っちゃいそうになる。


お互い息が詰まってようやく唇を離すと、莉愛はすっかり蕩けた顔で言った。



「蓮……」

「……うん、なに?」

「しよう?」



こんな気持ちを抱いたまま部屋に帰れるわけがない。


衝動と欲望と愛で無茶苦茶になった言葉を、莉愛はもう一度吐いた。



「お願い……エッチ、しよ?」

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