69話  君しかいない。あなたしかいない。

『金曜日の放課後、屋上に来ていただけませんか?』



手紙にはこれしか書かれていなかった。でも、この内容だけで十分な気がする。


夜、蓮は部屋の椅子にもたれかかったまま目をつぶった。これがいたずらなのか本気なのかは分からないけど、できればいたずらであって欲しかった。


告白を断るのって、なにかと後味が悪いから。



「もっと、学校でも話するべきだったのかな」



蓮と莉愛は一応、学校では互いの気持ちを抑えていた。


もちろん、二人が半ば付き合っていることを知らないクラスの子はいない。だけど、本人たちはとにかく隠すつもりでいるのだ。


だけど、状況がこうなるとさすがにもっといちゃつくべきなのかと、蓮は悩んでしまう。


……莉愛に変なヤツが絡まないようにするためにも、そうするべきじゃないかな。


そこまで思ったところで、蓮はハッと息を呑んだ。



「うわっ、これ……完全に昔の莉愛だ」



昔の莉愛が、ちょうどさっきの自分のような考えで動いていた。


自分のものだとみんなに知らしめるために、莉愛はわざと蓮に話しかけたり、いちゃついたり、手を繋いだりしていたのだ。


もちろん、そのおかげで大層からかわれて、喧嘩の火種になってしまったけれど―――それは中学時代の話。


今の自分なら、教室で莉愛が話しかけてきても昔のように引いたり、恥ずかしがったりはしないだろう。


そういった確信が、蓮にはちゃんとあった。



「……本当、悪いな。この子には」



付き合ってはないけど、付き合っていると見ても過言ではない関係。


いや、ただのお付き合いよりもっと深い関係。それが今の自分と莉愛の関係だと、蓮は思っていた。


でも、付き合っていないからこそこんなことになる。莉愛はとにかくめっちゃくちゃ人気もあるから、密かに狙っている奴らも多いだろう。


……そう思ったとたんに、蓮の心がじめじめしたものになる。泥を塗られたような不快感が湧く。


蓮はふうとため息をついて、スマホを手に取った。



『寝てる?』



メールを送る相手はもちろん、莉愛だった。



『どうしたの?』

『なんとなく』

『へぇ~~部屋に行って子守り歌でも歌ってあげようか?』

「本当嫌なヤツだな……ぷふっ」



言葉ではそう言いつつ、蓮はベッドで横になってからメールを打つ。



『子供は君じゃん。昔に子守り歌を歌って~~てお願いしたの誰だっけ?』

『記憶にございません~~ていうか、本当になんでメール?部屋に来ればいいじゃん』

『明日、学校だから』

『………エッチ』

『そういうわけじゃないから!!』



こいつ、頭にエッチしか詰まってないのか……!蓮はそう愚痴りたいのをこらえつつ、質問を投げた。



『真面目な質問していい?』

『はい、許可します』

『ムカつくな~~えっとさ、俺が告白されるのってやっぱ嫌?』



莉愛は、やや間をおいてから返事をした。



『……急になんてこと聞くの?』

『突然気になっただけ。それで、嫌?』

『…………………』

「うん?」



しばらくメールが来ないから、蓮は目を丸くしながら次のメールを送ろうとする。


だけど、それよりも前に部屋のドアが開かれて、莉愛が登場した。



「……嫌に決まってるでしょ」

「……メールで返してくれてもよかったんじゃ?」

「よくない。責任取ってよ」

「は?なんの責任?」

「私をイライラさせた責任」



は?イライラって、なんで急に―――そう思ったところで。


莉愛は急にベッドに上がり、そのまま蓮をぎゅっと抱きしめる。


突然だけどもう慣れてしまったスキンシップに、蓮は幸せそうな笑みを浮かべた。



「はいはい、なんでイライラしたのかは分からないけど、責任は取りますよ?」

「ぶぅ……その言葉でもっとイラっとした」

「短気だな、本当に~~まあ、君らしくていいけどさ」

「…………ねぇ、蓮。本当のこと言っていい?」

「うん、言っていいよ」



蓮は莉愛の背中に両腕を回す。受け入れてくれるんだと感じたとたんに、莉愛の言葉が次々と零れ始めた。



「私、あなたが誰かに好きって言われるの、すごく嫌」

「うん」

「本当は、他の女の子たちと話するのも嫌。由奈と話するのもちょっと……嫌」

「し、白水まで……?まあ、昔もそうだったし」

「そして、他の男子たちと話すのもアレかも。なんで男子と話してるのにゲラゲラ笑ってるの?気持ち悪い」

「気持ち悪いのは今の発言だけど!?なんだよ、その屁理屈は!!俺をボッチにさせる気か!!」

「ぷふっ、でも……」



莉愛は連の懐に顔をうずめる。


好きな人の温もりに包まれたまま、彼女は小声で言った。



「それより、蓮に嫌われたり引かれたりするのが……もっと嫌だから」

「……………」

「だから、我慢しているだけ。あなたはもっと感謝すべきなんだよ?じゃないと私、また昔みたいな重い女になっちゃうよ~?」

「うう~ん。あんま変わってない気もするけど」

「よっし、明日の朝にみんなの前でディープキスしてあげる」

「俺の人権を守ってくれませんか!?でも、ははっ………」



なにかと、そんな気はしていた。莉愛がすごく頑張っていて、彼女なりに精一杯自分を考えてくれていることを。


蓮は、身に染みるほど感じているのだ。昔の過ちを繰り返さないために、成長するために、莉愛は頑張っている。



「………ぁ」



だから、少しはご褒美をあげてもいいだろう。


蓮は短く、莉愛のおでこにキスを落とす。急なスキンシップに莉愛の心臓が鳴り出し、徐々に顔が赤く染まっていく。



「……意地悪」

「……あの、莉愛」

「なによ、意地悪」

「君しかいないから」



告白してくれる子には申し訳ないと思いつつ。


蓮は、抑え込んでいた本音をありのまま伝えた。



「君しか見てないし、君しかいないから。俺も……もっと好かれるように努力するからさ」

「……………………」

「だ、だから……その……足りないところとかして欲しいことがあったら、言って欲しい、かな」



あまりにもストレートに投げられた本音に、莉愛はどうすればいいか分からなくなる。


ただ目の前の人が愛おしすぎて、好きで好きで大好きで、狂っちゃいそうだった。

脳の細胞が片っ端から愛で焼かれて行く気分だった。


…………でも、蓮に告白するはずの例の人に悪いから。


莉愛は、もどかしさを腕に込めて、苦しいほど蓮を抱きしめる。



「……なら、ずっと一緒にいてよ」

「………」

「欲しいこと、それだけだから」



私も、あなたしかいないから。


蚊の鳴くような声でつぶやきながら、莉愛は顔を見せないようにもっと、蓮の懐に顔をうずめた。

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