56話  昔のようにしたい

蓮は最近、地獄のような毎日を送っていた。


もちろん、これは蓮が心から嫌な時間を過ごしているというわけではない。ただ単に、自分の我慢強さを毎日試されているだけだった。



「………っ」

「ふふん~~ふん、ふん~~」

「…………あぁ、もう!」



そして、蓮を窮地に追い込んでいる人はもちろん、莉愛だった。


莉愛は11月だとは思えないほどの薄着で、蓮のベッドに転がって漫画を読んでいる。


対する蓮は、パソコンでソシャゲを回しているものの―――やっぱり、どうしても莉愛を意識するしかなくて。


結局、我慢の限界が来た蓮は椅子を転がせて、莉愛に文句を言うしかなくなるのだった。



「なんなんだよ、ここ最近!?痴女ですか?もしかして痴女なんですか!?11月に半袖シャツにショートパンツ?寒くもないのかよ!」

「ええ~~なら、温めてくれたらいいんじゃない?」

「は、はあ!?」

「そうだね~~寒いから、早く温めてよ」



キスに繋がる魔法の言葉を吐きながら、莉愛はくすっと笑う。


一見余裕満々に見える莉愛だったけど、彼女も心の中では―――それこそ言葉では表現できないくらい、ドキドキしていた。



『ああ、もう……!!ようやく振り向いてくれた。遅いじゃん、バカ……!』



夢で襲われるって事実を知って、由奈にガンガン攻める方がいいというアドバイスも受けたせいで、莉愛にはもう遠慮が無くなったのだ。


思いっきり、好きな人を誘惑する。そのために、最近の莉愛は隙あらばと蓮に体を密着させていた。


料理する時には後ろから抱きしめるし、ソファーでテレビを見る時は必ず膝枕を要求して。


風呂に入る前には必ず短いキスもして、こうやって蓮の部屋に上がり込んで薄着でベッドに寝転がって……。


蓮の言う通り、痴女と呼ばれても否定ができないほど莉愛はガンガン攻めているのである。



「っ……!は、早く自分の部屋に戻れ、この痴女!」



だけど、蓮は顔を真っ赤にしてうじうじしているだけで、自分を襲おうとする気配はまるで感じられなかった。


その事実に、莉愛は徐々に焦りを感じるようになった。いくらなんでもおかしいじゃない。


ほぼ一週間、それなりに誘惑したつもりなのに。見た目がそんなに劣っているとは思えないし、ダイエットもしているから体のラインも綺麗なのに。


なのに、いつまでもいつまでも我慢するばっか。性的な目を向けてはくるくせに、肝心な場面ではヘタレるだけ。


そう、莉愛にもいつの間にか負けん気みたいなものが生じたのだ。



「……つまんない、ふん」

「なんでそういう反応なんですか?莉愛さん、なんでそういう反応!?怒るならこっちが怒りたいけど!?」

「し~らない。一生懸命に総力戦やったらいいじゃん。私は漫画読んでるから」

「あのね、莉愛……君は俺を聖人君主かなにかと勘違いしてるんじゃない?俺も男だからな?健全な男子高生だからな!?」

「ぷふっ、あなたが聖人君主?あはっ、あはははっ!!」

「よ~~し、今すぐ襲ってやるわ!このヘンタイ女!」

「はん、ヘタレ童貞のくせにできるわけないじゃん」



莉愛は鼻で笑った後、唇を尖らせたまま漫画に目を向ける。


本当に、理解ができない。目の前に据え膳があるのに、いつまで経っても食おうとはしないから。


対して、我慢の限界がそろそろ訪れていた蓮は両手で頭を抱えた後に、いきなり立ち上がった。



「え……?れ、蓮?」

「……そっちが戻らないなら、無理やり部屋に戻らせてやる」

「え?どういうこ―――きゃあっ!?」



蓮は、そのまま莉愛の膝の裏と肩に手を回してから、やや乱暴に彼女を抱き上げた。


いわゆる、お姫様抱っこ。急な展開に莉愛はビクンと体を跳ねさせたけど、やがて緩み切った顔になる。


不思議なことだった。さっきまではあんなに拗ねていたのに、距離が近づいた途端にモヤモヤが消えて、蕩けてしまうから。


自分は本当に連のことが大好きなんだと、莉愛は再び分からされる。


蓮はあえて顔をそらして、莉愛を抱きかかえたまま部屋を出る。



「……蓮」

「なんだよ、痴女」

「ぶぅ……もう一回痴女と呼んだら本気で怒るから」

「なんて理不尽な……ふぅ、この先俺の部屋に勝手に入ってくるの、禁止だからな?」

「……やだ。あなたが悪いもん」

「俺のどこが悪いんだよ、どこが!」



口ではぶっきらぼうに言いつつ、蓮も心の中ではとてつもなくドキドキしていた。


好きな女の子の素肌に触れているのだ。いざ抱き上げてみたら莉愛は思ってた以上に軽くて、思ってた以上にいい匂いがする。


ただでさえアイドル以上に綺麗な子なのに、こんな風に距離が縮まったら……どんどん、我慢ができなくなる。



「……ほら、もう着いたぞ。頼むから大人しくしてくれよな?」

「………………………」



莉愛の部屋に入った後、蓮は優しく莉愛をベッドに下そうとした。もう少しでも触れていたら、本当に爆発してしまいそうだったから。


でも、莉愛は。



「あ、ちょっ……んん!?」

「んん、ちゅっ……ちゅるっ、ちゅっ、んん……!!」



離れたくないと訴えかけるように、ベッドに下された瞬間に蓮にキスをした。


蓮の腰に両足を絡めて、首筋に両腕を巻いて。絶対に逃がさないとばかりに、好きな人を強く束縛して。


その勢いに飲まれて、蓮はつい体のバランスを崩してしまった。



「んちゅっ……きゃあっ!?」

「うわっ!?だ、大丈夫か、り…………………あ」



そして、距離がほとんどゼロになる。


ベッドに倒れかけた蓮は、体を支えるためにベッドに手をついていた。だけど、いざ気が付いた時には莉愛と鼻の先が当たるような距離になっていて。


完全に、莉愛を押し倒すような形になってしまって。蓮も莉愛も急な事件にびっくりしたけど、どちらとも離れようとはしなかった。



「…………」

「…………」

「……れ、蓮」

「…………」

「私……わたしね?わたし……」



心臓が壊れそうになる気持ちを、なんとか抑えながら。


莉愛は震える口調で、蓮に伝える。



「昔のように……あなたと、したいよ…………」

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