45話  元カノの母親とデート……?

「いや、来るって一言いってくれてもよかったじゃないですか~茜さん」

「だって、その方が面白いんだもん」

「相変わらずですね、茜さん……」

「あははっ!」



先に家に入った茜に続き、莉愛の父親―――アメリカ人のショーン・ロバートがリビングに入って、しれっと蓮の隣に座る。



「久しぶりだね、蓮君」

「お久しぶりです、ロバートさん。元気でしたか?」

「そりゃ、私は故郷にいるのだから元気だったよ。茜の方がむしろ大変だったかもしれないけど」

「でしょでしょ~?私、大変だったよ?だから、蓮との時間がもっと欲しいかな~って」

「……本当に大変だったんですか?」

「ま、まあ、一応は……?」



ロバートは言葉に詰まったみたいにそっぽを向いた。蓮は苦笑を滲ませながら、キッチンに目を向ける。



「でも、まさかお父さんたちまで来るなんて……向こうは休みなんですか?」

「ああ、休みを合わせて一度帰国しようって話になってね。心配にはならないけど、一度顔を出した方がいいかと思って」

「いや、心配してくださいよ……大事な娘さんじゃないですか」

「ははっ」



ロバートはややぎこちない日本語を発しつつも、気持ちよさそうに笑うだけだった。


しかし、ロバートさんは相変わらず呑気なところがあるな……いくら俺を昔から見てたとはいえ、娘と一緒に住んでいるのに。


それなのに、全く心配にならないなんて。警戒心がなさすぎるのではと、蓮はちょっと心配になってしまった。


それに、この構図もおかしい。


なんで自分の隣には莉愛の家族がいて、莉愛の隣には………自分の家族がいるのだろう。



「あ、これ……こ、これ……!」

「大丈夫!大丈夫だよ。落ち着いて、莉愛ちゃん。大事なのは手首のスナップ!手に力を入れずに、ぱってひっくり返す感じで!」

「ふふふっ、卵焼きか……確かにテクニックが必要だもんね」



このように、蓮の母親である藍子あいこと父親の雅史まさしは、微笑ましい表情で莉愛の頑張りを見つめていた。


急に好きな人の両親に囲まれてしまって、莉愛の緊張がまたぐっと上がる。


そんな状況で、ほとんど初めて挑戦した料理が上手く行くわけにもならず。



「え、えいっ……!って、うわああああ!?!?」



……フライパンで卵をひっくり返すのを、莉愛は見事に失敗してしまった。


藍子と雅史は、ガクッと項垂れる莉愛を必死に宥める。


しかし、莉愛の頭には好きな人の両親にアピールどころか、恥ずかしい姿を晒したことについての罪悪感が膨らんでいた。



「もう、あの子ったら……本当蓮ちゃんに頼りすぎなんだから」

「ごめんなさい、蓮君。ふつつかな娘で」

「あっ、いえいえいえ!!別に料理するの苦じゃないですし、全然楽しいですから!」

「本当に~?莉愛のことウザいと思ったらわざとご飯抜きにしてもいいのよ?ていうか、あの子もそろそろ花嫁授業を受けなきゃいけないわね」

「えっ……花嫁授業って、茜さんにですか?」

「うん?藍子に受けるに決まってるじゃん。なに言ってるの、蓮ちゃん?」



なんでうちの母親が莉愛に花嫁授業をするんですか。


そうツッコミたい気持ちをこらえつつ、蓮はもう一度キッチンを見つめる。


幸い、莉愛は素早く立ち直ったのか、新たに卵焼きを作ろうとしているところだった。


……花嫁授業という茜の言葉が、蓮の脳に引っかかる。


莉愛があんなに頑張っている理由を知らないほど、蓮はバカじゃなかった。莉愛は自分のために頑張っているのだ。



『絶対に落とす。私たちが結婚したその夢通りに、してやるから』



この前に、莉愛に言われた言葉が頭の中で木霊する。


夢通りになるとしたら、未来の自分は莉愛と結婚して素敵な家庭を築くことになる。


なら、料理なんてあんまり頑張らなくてもいいのにと、蓮は心底思った。


自分が毎日作れば済む話だから。


好きな人のために作るものだから。莉愛のためだから……莉愛のためなら、毎日作ることもできるのに。



『……って、何思ってんだ俺!』



いくらなんでもそれはないだろ……!いや、気持ち的には本当にそうしたいところだけど……っ!!


ダメだ……莉愛のあんな夢を見ていると言われたせいで、益々思考がおかしくなっている。


これは全然、現実的な話でもないのに。



「ふふ~~~ん」



そして、蓮の反応を注意深く見ていた茜は。



「蓮ちゃん、蓮ちゃん」

「あ、はい」

「この後さ、私とデートしない?」

「?」



急に、とんでもない発言を蓮に投げかけて。


自分が何を言われたか一瞬理解できなかった蓮は、ただ目を見開くしかなかった。


そこに追い打ちをかけるように、茜が言う。



「私とデートしようよ!!あっ、ロバートさんはどう?蓮ちゃんと一緒に遊ぶ?」

「ふふっ……いや、遠慮しておくよ。私が混じったら蓮君がさらに緊張するだろうしね」

「えっ、ちょっ!?どういうことですか?デートって……!」

「だって、面白そうだし~~デートは朝ごはん食べてからにしよっか!」

「いや、俺の意志は?」

「あははははっ!!じゃ、OKってことで!」

「俺まだなにも言ってないですよね!?」



こうして、当事者の意志が綺麗に無視されたデートの約束が結ばれたのであった。

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