43話 前を向いた方がいいじゃない
最近、莉愛の様子がおかしい。
蓮はそう思わざるを得なかった。だって、あまりにも……あまりにも莉愛が積極的すぎるのだ。
まるで、付き合う寸前だったあの頃のように。
「蓮、抱っこ」
「……いや、なんで?」
「なによ、理由必要なの?」
「必要だろ!?だって、俺たち―――」
「あなたと私じゃん」
「……は?」
「あなたと、私じゃん」
学校に行く前の朝。
わけが分からないことを言いながら、莉愛はぎゅっと蓮に抱き着いた。
蓮は急に訪れた体温に戸惑いながらも、莉愛を突き放さなかった。それをいいことに、莉愛はもっと体を密着させる。
「……あ、あのさ!」
「なに?」
「こ、この距離感おかしいだろ。少しは離れて―――」
「私と付き合ってくれたら」
「…………は?」
「私と付き合ってくれたら、離れるかもしれないよ?」
……どうにかなったとしか思えない。
玄関で朝っぱらから自分に甘えている莉愛を見て、蓮はあわあわしてしまう。
今の莉愛は暴走している。言ってはいけない言葉を平然と言って、それがさも当然のように振舞っている。
これじゃ、また昔の二の舞だ。
蓮はぐっと生唾を飲み込んで、やや荒げに莉愛の肩を掴んで体を引き離す。
でも、離れる際に消える体温があまりにも寂しく感じられて。
「っ……お、俺は先に出るから!」
蓮は逃げるようにして、学校まで走っていくしかなかなかった。
教室に着いてからも、蓮に逃げ場は残っていなかった。
なにせ、莉愛と蓮は同じクラスで―――席はちょっと離れているけど、視線を感じるには十分すぎる距離にいるのだ。
『白水……助けてくれよぉ……』
このままじゃ本当にマズい。テスト勉強にも全然集中できない。
危機を察知した蓮は、メッセージで由奈にSOSを出して。
最近、莉愛の変化をありありと感じていた由奈も、快く相談申請を受けてくれたのである。
『草www屋上の踊り場でいい?』
『ああ、サンキュー』
そして、訪れた昼休み。
「で、何があったの?」
「ああ、実は―――」
ニヤニヤ顔の由奈を見てため息を吐きつつも、蓮はありのままのことをすべて話して行った。
文化祭が終わった後に、莉愛にキスされたこと。
それからずっと雰囲気がおかしくなって、勉強会が終わった後に思わず……自分からキスしてしまったこと。
それ以降、莉愛が完全に暴走状態であることまで。
すべての話を聞いた由奈は、何度も拍手を打ちながら過去一幸せそうな声で言う。
「ああ~~もうお腹いっぱい。お腹いっぱい!!ああ、よかった……!!やっぱり恋バナ最強!!」
「俺の話聞いてたのか!?俺は今真面目に悩んでるんだよ!!」
「あはっ、そうだった~~そうだね、日比谷も真面目に悩んでるもんね~~莉愛のことで」
「っ……!アドバイスくれないなら俺はもう帰る!!」
「ちょっと待ってよ~~誰もアドバイスしないとは言ってないでしょ?あっ、本当に行こうとしないで!!私が悪かったから!!」
顔が真っ赤になった蓮をなんとか引き留めた後、莉愛はさっきよりは真剣な顔になって話を切り出した。
……口元のにやけだけはずっと消えないままだったけど。
「で、日比谷は結局どうしたいわけ?ここは日比谷の気持ちが一番大事じゃん」
「そんなの決まってるじゃんか……莉愛と距離を置いて、ずっと友達のままでいたいんだよ。それが本当の気持ち」
「日比谷、本当にただの友達に戻れると思ってるの?」
「……………………」
「あのね……日比谷はなにか誤解をしているかもしれないけど、あなたと莉愛はたった一度も、普通の友達だったことがないんだよ?」
「は?」
急に投げられた言葉に、蓮の目が大きく開かれる。
しかし、由奈の表情は真剣そのものだった。
「二人は友達でとどまるつもりだったらしいけど、周りから見たら明らかに異質だったからね?だって、二人の視線がもう友達に送る視線じゃないもん」
「いや、そんなわけ―――」
「あるよ。だから学校でもあんなに噂されてるんだし。そもそも、莉愛もあなたも人気のわりに全く告白されていないでしょ?その理由、何だと思うの?」
「…………」
「……距離を取りたい気持ちは分かるの。そりゃ、私も昔から二人のこと間近で見てきたし。別れた時に二人ともどうなったのかよく分かってるわけだし?日比谷が怖がるのも理解できるけど―――」
そこで、由奈は苦笑を浮かべながら言った。
「でも、私からしたら来るべきことが来たって感じかな。どのみち、あなたもまだ莉愛のこと好きでしょ?」
「………いや、それは」
「好きな人じゃなきゃ、キスはしないじゃない」
なんとか反論しようとした蓮の口を、由奈が綺麗に塞いでしまう。確かに、その言葉通りだ。
莉愛が好きだから。莉愛が愛おしと思ったからキスをしたのだ。
他の誰にも、その類の感情を抱いたことがない。莉愛以外の、誰にも。
「莉愛は昔から未練ダラダラなの目に見えたし。二人が一緒に住み始めた時点で、これはもう確定って言ってもよかったくらいだよ」
「……はあ、でもさ。白水も分かってるだろ?よりを戻したところで、上手く行くとは限らな―――」
「逆に、私はなんで別れること前提なのかが気になるけど」
心底理解できないとばかりに、由奈の声が鳴り響く。
「あなたも莉愛のこと好きじゃん?莉愛はもうあなたしかいない。両想いなのに、どうしてそんなに遠回りしようとするの?」
「……俺、全く準備できてないから」
「うん?準備?」
「ああ、今度は絶対に上手く行くはずだとか、今度こそ幸せにするとか……なんか、その類の確信が立たないんだよ。気持ちがぶらぶらして、このままじゃ本当に……昔と同じ轍を踏みそうなんだ」
「……………」
「ぶっちゃけ、付き合って別れてもいい他人だったらまだマシだったかもしれない。でも……相手は莉愛なんだよ」
心の奥底に留めておいた感情が、少しずつ流れ始める。
蓮はうつむいたまま、白水にすべてを語っていった。
「あんまりこんなこと言いたくないけど、莉愛は俺よりも大事だし。ずっと一緒にいたいし、幸せになって欲しいし……だから、どうしても迷っちゃうんだよ」
「日比谷……」
「まあ、確かに変に映るかもしれない。実際、俺も変だとは思うけど……でも、ダメなんだ。確信がないと、今度は絶対に上手くいくという予感がないと、俺は絶対に莉愛と付き合えない。絶対に」
「…………………」
「……いや、なんかごめんな。せっかくアドバイスもらおうとしたのに、俺だけ意固地になって」
「ううん、日比谷の本当の気持ちを聞いただけでもお腹いっぱいだし。それは大丈夫だから」
由奈はそこで軽く息を吸った後に、蓮を見つめる。
「でも、その確信はいつ立つと思う?」
「……………は?」
「誰にも、未来のことは分からないじゃん。今度は大丈夫だって確信があっても、別れるかもしれないじゃん?その逆だってそうだし」
「いや、でも……!」
「あなたの、もう一人の幼馴染として言えることだけど」
蓮が戸惑った顔をしたその瞬間、由奈は苦笑を浮かべながら言った。
「日比谷はちょっと、真面目すぎなのかもしれない」
「……真面目って」
「ほら、二人が別れた後にあなたがよく言ったじゃない。すべて自分のせいだと。俺が莉愛の愛をちゃんと受け止めてあげれなかったからって」
「…………」
「あれ、日比谷だけの責任じゃないでしょ?あの時は執着してた莉愛だって悪いもん。だからさ、もっと気楽にいてみなよ」
「……気楽に」
「うん。日比谷にはその方がきっといいよ。だって―――」
そこで、由奈は心から湧き出るような笑顔と共に、言葉を紡いだ。
「過去に縛られるよりは、前を向いた方がずっといいじゃない」
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