41話  好きな人の感触

莉愛は唇をぶるぶる震わせながらも、なんとか伝えた。



「あなたのことちゃんと尊重して、全く束縛しないでいられるよう、頑張るから。ちゃんと……振り向いてくれるように―――」

「なに言ってんだ、俺を束縛しない君は君じゃないだろ」



蓮は苦笑を浮かべながら、言葉を続ける。



「俺に好かれるためだけに自分を押し殺すなよ、莉愛」

「………………でも」

「昔の俺もけっこう……なんというか、バカだったからさ。だから、君の我儘な部分も全部好きだったんだぞ?そんな風に自分を押し殺さなくたって、別にいいから」



もちろん、途中で度が過ぎたからこそ別れたのだろうけど、些細な嫉妬はちゃんと……可愛く見えたのだ。


そういった小さな我儘も、確かな莉愛の魅力の一つだから。



「……ずるい」

「え?」

「昔からずっとこう。ずるい……あなただけ、平気なままだった」

「……は?」

「私ばかり悩まされるもん。あなたは私よりずっと大人で、顔もよくて性格も優しくて、周りからも好かれて……私だけがどんどん、あなたに釣り合わないって思って、自信を無くしていくもん」



――――莉愛は今、何を言ってるんだ?


釣り合わないって?莉愛が、俺に……?は?どういうこと?


始めて聞いた莉愛の言葉に、蓮はショックを受けてぼうっと彼女を見据えた。


莉愛は、また目じりに涙を溜め始める。



「本当に、ずるい……どうしたらいいの?分からないよ」

「いや、どうしたらって」

「私、あなたのこと束縛したくない。あなたに嫌われたくないから。でも、あなたは別に束縛されても平気だって言うし……どうしたらいいの?私は」

「………………」

「どうしたらいいか、分からないよ……あなただけ格好良くなって、どんどん成長して前に進んで……私だけ、私だけ昔のまま」

「莉愛」

「私、ただあなたの幼馴染なだけで、全然あなたに釣り合っていない……重くて、自分がどうしたらいいかもわからなくて、ただただ感情任せであなたを―――」



莉愛の言葉は、最後まで紡がれなかった。


途中で耐えきれなくなった蓮が、荒々しく彼女を抱き留めたからだ。


莉愛の透き通った青い瞳が見開かれ、蓮は囁くように言う。



「―――そんなバカなこと、思ってたのかよ」

「……え?」

「釣り合ってないとか……本気で言ってるの?莉愛、本当に?」

「え、え……?だ、だってあなたは―――」

「俺の方こそ、君と釣り合ってないと思ったてたのに……」



本当に、仕方ないと言わんばかりに。でも、愛おしすぎてたまらないとばかりに。


蓮は莉愛をずっと抱きしめたまま、彼女の呆然とした顔を見つめた。



「あのさ、莉愛……俺にはよく分からないけど、なんで釣り合ってないと思ってたの?本当に聞きたいんだけど」

「……わ、私は―――」

「顔も可愛いし、性格もいいし………ちょ、ちょっと嫉妬深いけど!!でも、めちゃくちゃ可愛くて……可愛くて、可愛すぎて……」

「あ、あなた、私のこと可愛いとしか思ってないわけ!?」

「う、うるさいな!!恥ずかしすぎて言葉が上手く出ないんだよ!」



蓮は明らかに赤くなった顔で、叫ぶように言った。



「こんなたくさん魅力あるのに!ちゃんと謝ることもできて、一途で、俺だけ見つめてくれて……!どこが釣り合っていないと思うんだ、どこが!!」

「…………ぁ、ぅっ」

「バカだろ、マジで!?ああ、もう恥ずかしすぎて死にたくなってきた……!!とにかく、二度とそんなこと思うなよ!?君、俺にはもったいないくらい素敵だから……!」



自分にもったいないくらい、素敵。


莉愛は少しも、そう思っていなかった。だって今、目の前で恥ずかしがっている蓮があまりにも愛おしく映るのだ。


羞恥心に悶えながらも、自分を慰めるために精一杯頑張る男の子。世界でたった一人しかいない、好きな人。


……今回ばかりは蓮が間違っていると、莉愛は思わざるを得なかった。


こんな素敵な男の子に釣り合っているだなんて、どうしても思えないから。



「………蓮」

「なんだよ、もう……!!」

「……ふふっ。あのね」



だけど、莉愛は少し意地悪をしてみる。



「わたし、寒い」

「………………………は、は!?」

「寒いかも……うん。ほら、もう夜はけっこう冷えるじゃない?だから……寒い」



好きな人が、面と向かって可愛いとか素敵とか、自分にはもったいないくらいとか。


そんなことを言われたら、誰だってこうなるじゃない。莉愛は本気でそう思った。


少しは、責任を取って欲しい。


あなたを、あなただけを見つめている女の子に、そんな言葉を投げるなんて―――無責任すぎるから。



「……抱きしめているのに?」

「……昔はもっと、抱きしめてくれてたもん」

「いや、昔の俺たちは恋人だったから……!」

「でも、私は変わってないよ」



莉愛はもう一度、自分の気持ちをちゃんと伝えた。



「私は昔も今も、あなただけだから」

「………………………………………」

「ほ、本当だよ……?じゃないと、こんなに大人しく抱きしめられたりしないもん。あなただけ、だから……これからもずっと、私な好きな男は日比谷蓮、あなた一人だから―――」



絶対に、他の男に目を向けたりしないよ。


私は永遠に、あなたのものだから。


そんな言葉を発するも前に、唇が塞がれた。


蓮の唇によって。



「………………………………………ん、んん……?」



突然の柔らかい感触に、脳が一瞬で真っ白になる。


視界に映るのは長いまつげだった。昔に、幼い頃から何百回も見てきた蓮の、閉ざされた瞳。


好きな人の香り。抱きしめられた温もり。落ち着きと興奮を同時に運んでくれる感触。


混ざり合って、染み込んで、どんどん目が見開いて行く。心臓が信じられないくらいに大きく鳴り始める。



「……………ふぅ」

「……………ぁ、あ、ぁ………」

「……………っ」



唇を離した後、蓮はすぐにでも逃げ出したい衝動をなんとか抑えて、かろうじて言った。



「あ、ぅっ……ご………ごめん」

「……………………え?」

「い、今のはなし……!!」



とうとう耐えきれなくなった蓮は、光の速度で部屋を出て行ってしまった。


残された莉愛は、ぼうっと自分の唇に指を寄せて。



「~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?」



溜めてきた何かを爆発させるように、悶え始めた。

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