28話  もう一度キスがしたい

『あのね、蓮。私たちもキスしてみようよ!』



それは、まだ幼かった11歳の時の話。


どこに行っても一緒で、ふとした瞬間にハグをするのが当たり前で、週末には相手の部屋にいるのが当たり前だった頃。


世界でたった二人しか存在していなかった、幼い頃の話。



『き、キス!?なに言ってるの!?』

『アメリカではよくするんだよ?ハグもするし、頬にキスだってするもん』

『いや、ここは日本だから!!キ、キスなんて……!』

『……蓮は、私とキスしたくないの?』



幼い莉愛は、今以上に感情が顔に出るタイプの子で。


だから、その時の蓮は必死に莉愛を宥めるしかなかった。


莉愛は本当に、物語のお姫様みたいな子だったのだ。他の子たちと違って肌は真っ白で、瞳はキラキラな青。


髪の毛はサラサラな百金髪で、幼気と可愛さが共存している完璧な女の子。


そんな子がしゅんとしているんだから、そりゃ蓮も仕方なかったのだ。



『い、いや!違うの!俺だって莉愛とキスしてみたいよ!そりゃ、してみたいけど……でも』

『……でも?』



蓮はこの時、既に分かっていた。


キスは恋人同士がするものだって。男女でキスをすることは親愛以上の、特別な意味を持っている行為だって。


だから、蓮は莉愛とキスをしたいと言ったのだ。今も昔も、莉愛は自分にとって一番特別な人だから。


でも、恋人でもないのに本当にキスしてもいいのか、確信が立たなくて。



『……蓮がまたいじわるするぅ』

『ち、違くて……その』

『蓮は、私とキスしたくないの……?』



同じ質問を繰り返しながら、莉愛は部屋の床を這うようにして、蓮に近寄る。


親たちが1階で談笑を交わしている中、あの空間には二人だけだった。蓮の部屋には、蓮と莉愛の二人だけで。


だから、蓮は欲望に勝てなくて。



『……莉愛』

『……うん、蓮』

『目、閉じて』

『………』



中学校にもまだ入ってない、その幼い歳に。


これからの人生で永遠に残る初キスを、莉愛に送ったのだった。


初めてのキスの感触を、蓮は今も鮮明に覚えていた。


キスをしているのに心臓の音だけがバクバクと鳴って、唇は震えて、手には汗が滲んでいた。


でも、薄眼で見た莉愛の顔があまりにも綺麗すぎて。


目を閉じたまま、頬を上気させて、キスに夢中になっている幼馴染があまりにも可愛くて。


蓮はそのまま、息が詰まってしまうまでずっとキスをしたのだ。



『………』

『………』



そして、息が絶え絶えになっていた頃に、二人はようやく顔を離して。


お互い真っ赤になった顔で見つめ合いながら、指を絡ませ合った。



『……れ、蓮』

『……うん?』

『もう一回、してみたい……ダメ?』

『……………』



ちょうど蓮も同じことを考えていたから、蓮は莉愛を強く抱きしめた。


そのあとに何回も、何回も、二人はついばむようにキスをして、互いを抱きしめ合った。


あの時はまだ興奮という概念をよく分からなかったけど、今になって思い返してみると。


自分は、興奮していたんだと思う。



「………………はあ」



既に暗くなった公園の中、ブランコに座って。


蓮は星空を見上げながら、深いため息をついた。



「やっちゃった……」



1年ぶりのキスだった。


莉愛とはもう二度と、キスできないとばかりに思っていた。


でも、久々に触れ合った莉愛の唇はやっぱり、気持ちよかった。


気持ちよくて、心地よくて、心臓がまたドキドキした。


もう別れたのに、過去にけじめをつけたつもりだったのに……。


そうやってチョロい反応を取ってしまう自分が、蓮は許せなかった。



「ヤバいな、これ……」



キスが終わってからの蓮は、まるで逃げるみたいに音楽準備室から出ていた。


クラスに鞄も置いたまま死ぬ気で走って、家に到着して、でもまた莉愛と鉢合わせそうになったから、公園にまで逃げたのだ。


逃げた理由は簡単だった。我慢ができなそうだから。


もし、あのままもう一回キスしていたら、自分は莉愛を襲ってたのかもしれない。


蓮にはその確信があった。あの場所でキスしていた時、蓮は興奮していて……莉愛があまりにも、魅力的に見えたから。



「……………………」



よくよく振り返ってみたら、莉愛を傷つけたのかもしれないな、と思う。


なにせ、キスした後に逃げてそれっきりになんの連絡もつかないのだ。莉愛が傷ついて当たり前だと思う。


……連絡をするべきだと思う。でも、今莉愛の顔を見てしまったら、我慢できる自信がなかった。


また、好きって感情が溢れそうで。毎日のようにキスしていたあの頃に戻りたいと、願ってしまいそうで。


蓮はどうしても、先に連絡する気にはならなかったのだ。


なのに。



「……………………………………………」

「やっぱりここにいた」

「……………………おかしいだろ」



なのに、なんでこいつはいつも俺の目に映るんだろう。


悔しさと恨めしさが湧き上がって、狂ってしまいそうになる。


莉愛は半袖シャツにカーディガンを羽織って、白いズボンをはいたラフな姿で、公園に表れた。



「蓮」

「……」

「……家に、帰ろう?最近だと夜はけっこう冷えるんだよ?」

「……どうしてここが分かったの?」

「分からない方がおかしいじゃない。私たち、いつもここで遊んでたし」



莉愛は、蓮とキスしたとは思えないほどの平然な顔で、蓮に近づいた。



「ほら、帰ろう。ていうか、まだ制服だし」

「……莉愛」

「うん?」

「……………………」



言いたいことがたくさんあった。


なんでキスしたんだとか、まだ俺のこと好きなのかとか、キスどうだったかとか。


聞きたいことも、言いたいことも山ほどあったけど、とりあえず蓮は一番大事なことを伝えた。



「ごめん」

「……え?」

「キスして逃げられて、傷ついたんだろ?だから……ごめん」

「……蓮」

「そうだな。帰ろう、家に」



嫌じゃなかったんだ。


キスしたのは全然、嫌じゃなかったんだ。むしろ気持ち良すぎて、あのままだと取り返しがつかないことになりそうで、逃げたんだ。


でも、これを全部述べてしまったら、莉愛がまた混乱してしまう。


せっかく取り戻した友達の関係が、なくなってしまう。


だから、蓮は立ち上がって無理やり言葉を殺して、ただただ莉愛を見つめていた。


そして、莉愛は。



「……うん、帰ろう」



こんな場面で謝る蓮が、さらに好きになって。


頭の中がパンクして、またキスをしたいと思うようになった。

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