第6話 魔法使いのキス

「訳がわからねえ!第一、僕は男だぞ!花嫁って女だろ!」

 ジャスが顔を真っ青にして喚く。


「……いや、別に男でもいいんだ」

 アウルの代わりに、少し困惑した顔をしているクロウが答える。


「非魔法使いの人間であることが大事で、別に性別は問わない。女性の腹で子を宿すわけでないから……」


「まあ、難しい事は置いておけ」

 アウルはクロウの言葉を遮る。


「テメェは姉の解呪ができる。俺は花嫁を得られる。いい事ばかりだ。さっさと契を結んでしまおう」


 アウルがそう言いながらジャスに近づく。ジャスは手に持ったテントを盾にするようにして恐る恐る尋ねる。

「契って……何するんだよ」


「あー、人間でいう性交渉だな。まあそれ以外の方法も無くはないが、面倒な方法だしな。性交渉が一番手っ取り早くてすぐ終わる」


「冗談じゃない!」

 ジャスは思わずテントをアウルに向かって投げつけた。テントは魔法でフワリと舞い上がり、アウルには全く当たらなかった。


「まず、僕とそんな事できるのか!?キスすら嫌だろ!?」


「いや、そうでもなさそうだ」


「はぁ!?」


「さっきクロウにキスされた時、あんま嫌じゃ無かったからな。ま、この際男でもいいか、と思ってな」

 ドヤ顔でアウルが答えると、ジャスはワナワナしながらクロウを見る。クロウは呆れたように顔を手で覆っていた。


「ば、馬鹿じゃねぇの!?」


「はぁ?」


「クロウにキスされて嫌じゃ無かったって、それ、男でも大丈夫ってことじゃなくて、クロウだから……ゴブッ」


 ジャスは喋っている途中で口が開かなくなった。

 魔法だ。

 ジャスがふと周りをみると、クロウが恐ろしい顔で睨みながら口を動かしていた。『それ以上、喋るな』と声を出さずに訴えている。


 ジャスはクロウに訴えかけるように慌ててうなずいて見せると、スッと魔法が解けてまた口が開くようになった。


「と、とにかく!」

 ジャスは気を取り直してまたアウルに向き合った。

「僕は無理だ。お前と性交渉なんて」

「大丈夫」

「大丈夫じゃねぇから」


 アウルはジャスに近づく。

「魔法使いのキスを知っているか。魔法使いのキスには媚薬、酩酊魔法が含まれていて、慣れてない奴だと立てなくなるくらい気持ちいいんだぜ。初めはキツイかもしれないが、すぐに虜になる」


「無理無理無理!」

 ジャスは真っ青になった。


「我儘言うんじゃねぇよ。マリカの誘惑魔法解いてほしいんじゃねぇのかよ」


 我儘って……。ジャスはこの場をどう切り抜けようかとパニックになっていた。



「まあ、ちょっと二人共落ち着いて」


 クロウが二人の間に割って入ってきた。


「ほら、強引な男は嫌われるよ。ちょっとジャスくんにも考える時間与えてあげないとね」


 クロウは不満そうな顔のアウルの肩をポンと叩いて優しく言った。

 そして今度はジャスにも向き合って言う。


「ジャスくんも、急に言われてビックリしちゃったかもだけど、少し考えてみてもいいんじゃない?お姉さんの解呪、いろんな方法あるかもだけど、確実な方法やっぱり取りたいよね?」


 クロウの言葉に、ジャスはウッと言葉に詰まる。



 クロウから強い刺激を与えるという解呪方法を聞き、一応村に戻って試してみようと思ってさっきまで帰る準備をしていた。しかし瀕死になるほど殴るような刺激を与えなければならないのなら、確かにちゃんとアウルから解呪をしてもらったほうが確実だ。


 ただ、その為に自分が犠牲になるのはさすがに抵抗があるのが正直なところだ。



「……ちょっと考えさせてくれ」


「考えてやっぱり無理だ、は受け入れられねぇぞ」

 ブスッとした顔でアウルが言うが、クロウはまぁまぁ、となだめる。


「ジャスくんにも心の準備とかあるじゃない」

 ね、とクロウはジャスにウインクして見せる。


 ジャスは頷いた。

 とにかく、この場を凌いで、なんとか解呪だけさせて契とかいう恐ろしいものを結ばされる前に逃げ出そう。


「わかった。でもちょっと待って欲しい」

 ジャスはしっかりとアウルの目を見た。その目を見て、アウルはフン、と鼻を鳴らして分かった、と答えた。



「さて、話がまとまったところで、お仕事の話をしてもいいかな?」

 クロウがニッコリ笑ってアウルに向かい合う。

「急ぎのお仕事だからさ」


 数枚の羊皮紙をハイ、と渡すと、アウルは顔を歪めて読んだ。

「ふん、三日後までに幻覚剤の発注、来週までに電気宝石の発注、別にすぐできる。急ぎの必要なんか感じねぇな」

「さっすがアウルー!でも大事なのはそれじゃないの。最後の羊皮紙の依頼見て」


 クロウに言われてアウルは最後の一枚の羊皮紙を見る。するとみるみる険しい顔になっていった。


「ああ、確かにこれは少しでも早い方がいいが…クソ」


 アウルはしかめっ面のまま羊皮紙を持って別な部屋に向っていった。

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