第3話 後編
本日は舞踏会。天井高く絢爛なシャンデリアが輝き、ダンスホールは着飾った紳士淑女で盛況だ。
シャルロッテもスワードから贈られたドレスを着て1人静かに出席している。
シャルロッテはスワードと共に入場できるものと思っていたが、彼は王族として後ほど入場するということだった。
シャルロッテはスワードが王太子であるという現実を急に突き付けられて、彼の存在の大きさと遠さを遅ればせながら実感していた。
(いいえ、冷静に考えて殿下と常に一緒にいる方がおかしかったのよ。これが普通よシャルロッテ!)
シャルロッテはそう言い聞かせつつも心が萎えるのを感じ、壁の花になって自分のドレスを眺めた。
銀色の生地にミルクティー色のレースがあしらわれ、サファイアが星空のように散りばめられている。今まで着たドレスの中で段違いに美しいドレスだった。けれどその美しさがまた、この場に1人のシャルロッテに孤独を感じさせた。
それからシャルロッテがシャンパンの泡を見て喧騒を聞いていると、彼女のもとへ男達が数人寄ってきた。
「シャルロッテ嬢だよね?最近『怪力令嬢』を卒業したんだって?あ、グラスが割れないから本当なんだね!」
スワードの訓練は効果抜群だった。
半年前のシャルロッテは男を前にすると無差別でド緊張していたし、怪力発動していたが、今は緊張はおろか他の感情さえも反応しない。今日のシャルロッテはまさしく「か弱い」令嬢だ。
シャルロッテが訓練の成果に自画自賛していると、そこにある人物が颯爽と現れた。
「やぁシャルロッテ嬢、随分と女性らしい令嬢になりましたね」
それはシャルロッテの元婚約者、モーヴ公爵令息だった。自分をこっ酷く振った男が声をかけてくるとは大いにけしからんが、シャルロッテはひとまず対応した。
「ごきげんよう、モーヴ公爵令息様」
「君は1人で参加のようですね?」
「えぇ、まぁそうですね」
「僕も。もしかして僕を待っていました?」
「……はい?」
シャルロッテはモーヴと婚約中ですら関わる機会もなかったため知らなかったが、彼はかなりの自惚れ屋だった。モーヴは婚約破棄後もシャルロッテがずっと自分を思い続けていると思い込んでいたのだ。
「僕が『怪力令嬢』を嫌がったから努力したのでしょう?」
「まっっっったく違います!わたしは自分の人生のために頑張ったんです!」
「フッ恥ずかしがらなくていい。僕としては再婚約をするのもやぶさかではないが…」
「結構です!だってわたしは────」
《国王陛下、王妃陛下!並びに王太子殿下のおなーりー!!》
シャルロッテの声が大きな歓声で掻き消された。
階上の玉座に両陛下と王太子スワードが厳かに現れた。正装の3人はまさに荘厳で神々しい。スワードは星章や頸飾が施された騎士団のマントを羽織り、美しく豪奢な装いだ。
その姿にシャルロッテはもちろん、この会場の誰もが惹きつけられた。いつもは気位の高い淑女や厳格な紳士でさえ皆一様に間抜けな顔である。
そんな風に人々から熱視線を浴びるスワードだが、真面目な顔でなぜだか階下を見回している様子だ。
(こうしていると雲の上の存在だって思い知らされるわ…ってあら?何をキョロキョロしてるのかしら)
シャルロッテが不思議がっていると、忙しなく動いていたスワードの視線がシャルロッテの目とパチリと合った。
それから僅か0.1秒、スワードはすかさず重厚なマントを翻して階段を降りてきて、その様子が人混みの隙間からシャルロッテにも見えた。
(……え?まさかこっちに?え?え!?)
人々がスワードに道を開け、彼はあっという間にシャルロッテのもとへ辿り着いた。
そして困惑で縮こまっている彼女を見おろし、優しい声で紡いだ。
「シャル」
シャルロッテは初めて愛称で呼ばれた。
スワードはまるで言い慣れているかのようにその名を口にしたが、この国で愛称を許されている者は原則として親族と婚約者。
ゆえにスワードがシャルロッテを「シャル」と呼んだことには重すぎる意味があり、誰もが目を丸くした。
しかし驚きはそれだけでは終わらなかった。
「今日は一段と綺麗だな、私のドレスも似合っている。君もそう思うだろう?モーヴ公爵令息」
「ひっ!?あっはい!シャルロッテ嬢はとても美し」
「あぁでも、君にシャルを語る資格はないか」
「うぁ…申し訳ございません…殿下の仰る通りで…!」
スワードはモーヴを軽蔑するようにジトッと見て突っかかると、シャルロッテの腰に手を回して自分の方へグイッと抱き寄せた。
「で?私の雛鳥は無事だったか?」
「「ひなどり?」」
「私が付けたシャルの異名だ」
スワードの「雛鳥」の言葉に皆が疑問の声を揃えた。
スワードのいつも澄ました顔でピヨピヨ可愛らしい異名を思いつくとは思えない。ましてや「怪力令嬢」に「雛鳥」と名付けるとは誰も予想だにしないことだった。
周囲の紳士淑女が生温かい顔でシャルロッテを見つめる。「雛鳥」の反応待ちだ。
「無事でした!ほらシャンパングラスもこの通り……」
「もっとよく見せろ」
その瞬間、シャルロッテはスワードにすっぽり抱きしめられた。
シャルロッテは恥ずかしさと嬉しさと緊張の感情が急上昇して、顔だけではなく首筋まで真っ赤である。怪力発動の条件が揃いすぎだ。
(ダメダメダメッ!せっかく「か弱く」いられたのに怪力発動しちゃう!)
「殿下!これは駄目で……って、え!?」
スワードはシャルロッテからグラスをさっさと奪った。
「ははっ!私は思ったより性格が悪いらしい」
彼はこの半年でシャルロッテの怪力発動の条件もタイミングをよく知っていた。
シャルロッテは危機一髪の意地悪をされたのだ。
「好きな物を自慢して羨ましがられようと試してはみたが、やはり私は籠に入れておく方が好きだ」
「殿下、一体何の話を?」
シャルロッテが不思議そうに首を傾げると、スワードはシャルロッテの頬を愛でるように優しく撫でて微笑んだ。
その甘い微笑みがシャルロッテの頬を再び染めると、スワードは恭しく跪いて彼女の手をとった。
「シャルロッテ侯爵令嬢、結婚してくれ」
「は、い…?」
「最初は純粋な興味だった。君の謎を知りたくて、軍事がどうのとそれらしく嘘もついて。でも一緒に訓練を過ごすうちに、沢山失敗しても健気に頑張る君に、私は夢中になった」
────か弱くなりたい!恋がしたい!
シャルロッテの頭の中に半年前の魂の叫びが反芻された。それ以外は何も要らなかった18歳の切実な願い。
「君は言ったな?『か弱くなって恋がしたい』と。か弱くなった君を私が守ろう。そして君が私に恋をできるように、今度は私が頑張ってみせる」
「…殿下も私に恋ができますか?」
「できるも何も、とっくに愛している」
「ひっ!?」
シャルロッテは後ろから頭を殴られたようにくらついた。目の前で跪くスワードを見おろせば、いつも冷静で完璧な彼が頬を赤く染め、熱っぽく潤んだ瞳でシャルロッテを見つめている。
良き返事を願い、請うように。
シャルロッテは恋をするために「か弱く」なりたかった。そして願わくば、その恋が成就するようにと天に祈ったこともある。
訓練のおかげで、今はもうスワード以外の男を前に怪力発動することはなく、シャルロッテは人並みに「か弱く」なっていた。
けれどスワードの前では色んな物を壊した。訓練のおかげで回数は減ったけれど、それでも彼と一緒だとどうしても心が躍ってしまうから。
だからそれはつまり、そういう事だ。
シャルロッテの返事もとっくに決まっていた。
「……わたしも殿下をお慕いしてます。結婚させてください」
「決まりだな。ではシルト侯爵も交えてまずは茶でも飲んで今後のことを話そう」
それから1年後、王都にとある噂が流れた。
一見「か弱く」なった「元怪力令嬢」が結婚式でド緊張を催し、ウェディングケーキをぶっ壊した。
参列者は皆呆然としていたが、夫だけがそれを大笑いしていたということだった。
怪力令嬢は「か弱く」なって恋がしたい! 三月よる @3tsukiyoru
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