第61話 邪道

 無心で足を進める。多少の障害は覚悟していたが、本当に何もいねぇ。トラップすらねぇ。そんなこんなで、あっという間に城の前までたどり着いてしまった。


「ここが……」


 中は薄暗く、生命の伊吹は感じられなかった。石で作られた壁や床は、その無骨な印象を強めている。


 ただ、この中に奴がいるのは事実。俺は心を整え、敵城へと足を踏み入れた。


「ようこそ、最終決戦の地へ」


 ルーブ語がだだっ広い空間に響いた。それと同時に、壁につけられていたシャンデリアに火が点る。そして、闇の中から、玉座に佇む奴のシルエットがぼんやりと浮かびあがってきた。


「お前が……」


 デケぇ。座っているにも関わらず、その異常さが際立つほどにはデケぇ。だからと言って、太っている訳ではない。完璧な筋肉質。国王というより、兵士長の方が近いんじゃないか?


「いかにも。私がインガー共和国の国王、カールだ」


 へん、カールねぇ。いかにも外国人です、って名前してんなぁ。


「お前の名前は知っている。ヒロト、だったろ」


「ああ。以後お見知り置きを」


「うちの者がお前の所で世話になったみたいだな」


「いえいえ。こちらこそお世話になりました」


 ってなんだよこの会話。俺はこいつと世間話をしに来たんじゃないんだがな。


「さて。最後に1つ確認しておこう。ここに来た、ということは命のやり取りをしに来たってことでいいんだよな?」


「ああ、もちろん。あの手紙に従ってホイホイしたわけじゃないんでね。何せ、こっちは戦争するつもりで来てますから」


「それで結構」


 カールはそう言って指を組み、乾いたパ破裂音を鳴らした。すると、謎の呪文のような者が壁を伝いながら広がり、それはやがて城全体を覆い尽くした。


「これはこれ以上ヤマト人が入ってこないようにするための結界。我々の勝負を邪魔する者がいないようにね」


「は?」


 おいおい。どうなってやがんだ。なんで奴が力を使えている? さすがに、一般人が結界を作ることなど出来ないはずだ。だが、一体なぜ?


「おっと、私がヤマト人では無いのに力を使えていて不思議がっているみたいだね」


「……ご丁寧にどうも」


「実はね、私の先祖にどうやらヤマト人がいたらしいんだ。でも、一気に摂取して死んでしまったら元も子も無いだろう? だから、少しづつ、量を調整しながら取った。そしたら、実ったんだ。この力が!」


「そんなの、ありかよ」


「ありだからここに立っている」


 ふん、口だけは随分達者なようだな。そんな腕組みなんてしちゃってさ。


「ただ、そんな苦労をして得た力が『結界を張るだけ』じゃあな」


「そう思うか。じゃあ、先手を貰っても構わんな」


「ご自由に」


 どうせ、身体能力強化からのしょぼいパンチとかだろ。カウンターで1発食らわせて、一撃で屠ってやる。


「行くぞ」


 カールはそう言って、腰を低く落とす。それを見て、俺も軽く戦闘態勢を取った。


 ただ、奴の動きは俺の想像を軽く超えていた。


「なっ」


 奴は電光のような神速で俺との距離を詰め、腹に向かってその拳を繰り出す。


「ぐっ!」


 それがぶつかるコンマ数秒の間に、俺のガードが何とか間に合った。それでも完全に衝撃を吸収しきれず、遥か後方へと引き戻される。


「お前……」


「一体いつから、俺の能力が結界1つだと錯覚していた?」


 こいつ……もしかして、能力を複数持っている、のか。


「どんどん行くぞ」


 瞬間、奴の手に生み出される熱を帯びた弾。それは俺のものと遜色ないほどの速さでこちらに迫ってくる。遠距離も行けんのかよ。


 ただ、それなら俺も得意分野だ。


「フジヤマ変幻乃技・壱、百花繚乱!」


 俺はそれを撃ち落とすかのように、背中に発生した光弾を撃ちまくる。恐らく、奴はここまでの連射は出来ないはず。なら、数で押すのみ!


「いい技だ。ただ、あまりにも遅すぎる」


「な……」


 驚嘆の声が漏れてしまった。何故かって? 奴が俺の光弾を避け切りながら、こっちにどんどん近づいてくるからだよ。


 負けじと増産。数の暴力のみを信じ、発射。ただ、それは奴に対してあまりにも無力だった。気づけばさっきと同じ、腹の真下に入り込まれている。さっきと違うのは、俺のガードが不可能ってことのみ。


「どりゃあ!」


「ぐぁぁぁぁ!」


 鋭い衝撃が身体に響く。俺は痛みを感じる間も無く壁へと叩きつけられた。あまりの強さに、石造りの壁は簡単に崩壊してしまった。そこに残ったのは、ずさんな結界のみ。


「な、中々やるじゃねぇか」


 次、これを食らっちまったらそこで終了。下手な牽制は命取りだ。ここからは、堅実に立ち回ろう。


 そう、これからの戦法に意識を向けた、その時だった。


「タ、タスケ」


 突然、俺の耳に突き刺さるヤマト語。援軍か? いや、それにしては声がおかしい。ノイズがかかっている。なんだ、これは? 俺は恐る恐る、その声の方向を向いた。


「なっ……!」


 そこには、結界に縛り付けられたまま苦痛の表情をあげる、ヤマト人の青年の姿があった。それも、独りじゃない。結界が顕になった所では、等間隔に5人。いずれも同じ表情で貼り付けられている。


「おや。バレてしまったか」

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