第24話 星降る夜になったら

「もう7月だね」


 俺が火を着けた焚き火を囲みながら、ユードラが呟いた。


「ああ、早いもんだ。俺がユードラにたすけられてから、何ヶ月が経ったんだろうな」


「もう数えるのもやめてしまったよ」


 おいおい、大丈夫か学者さんよ。俺はふふふと笑って、ユードラの顔を見つめた。やはり綺麗だ。どこか気品がありながらも、傲慢さを感じさせない。本当に美しい顔だ。


「あ、そうだ。ユードラのスケッチ、見せてもらってもいいか?」


「構わないよ。あまり上手くないけど」


 そう言ってユードラは恥ずかしそうに紙を見せた。そこにはユリのような形をした、美しい流線型の花がスケッチされていた。


「これは?」


「ヘメロカリス、と呼ばれる赤い花だ。故郷の庭によく咲いていてね。ここにあるとは思わなかったものだから、嬉しくてつい」


 へぇ、ユードラにもそんな思いがあったんだな。


「そう言うヒロト君の作品も見たいな」


「俺か? いいぜ」


 俺はポケットから紙を取り出し、ユードラに手渡した。


「ほう……なかなか上手いね」


「ユードラに教えてもらってるからだよ」


 焼けた魚を頬張りながら笑顔を向ける。ま、俺も正直ここまで上手く書けるとは思ってなかったけどね。


「じゃあさ、1個聞いていい?」


「ん、いいぞ」


 ユードラは優しげな目を開いてこちらを見る。


「ヒロト君はどうしてこれを描こうと思ったの?」


「うーん……」


 上手く言葉で言い表せない。軽い概要は決まっている。でも、あの暖かさ、美しさをどう伝えようか。それを完璧に伝えるには、語彙力が足りない。


「いいよ、完璧な回答は求めていない。君に心が聞きたいからね」


「そうか」


 なら、ちょっとぐちゃぐちゃでも話してみよか。


「俺はあいつらに、すげぇ自由を感じたんだ」


「自由?」


「うん。この2頭はさ、互いの為を思って何かをしているみたいじゃん。でも、違うんだ。彼らは自分自身の願いを他人にぶつけているに過ぎない」


 すげぇ。ユードラに言い始めた途端、言葉がスルスル出てくるぞ。


「結局はさ、親は子を守り自分の血を繋げたいという自身の願い。子は自らを守ってもらいたいという自身の願いを持っているに過ぎないんだよ。ただそれらを相手にぶつけた際、相互作用が生じ、あの中に幸せが生まれた」


「ほう」


「これこそが自由の形なんだよ。誰かの願いが誰かに伝わり、自分も相手も笑顔になれる。決して誰かから何かを強奪する訳では無い。もしそうした場合、それはただの欲望になる。だから俺は、ヤマトのみんなを救わなきゃいけない。自由を求めるみんなを」


「……見つけたじゃないか」


「あ!」


 そうだ、これが自由に対しての解。俺が目指すべき場所だ。それを俺は無意識の内に会得し、言語化出来ていたんだ。これがユードラの狙いか。すげぇ、さすがだ。


「君は誰かから『自由』を預かったんだろう。でも、君自身は自由というものをしっかりと理解することが出来ていなかった。それが今、成ったんだ」


 ユードラはニコリと微笑みながら、俺の胸を優しく叩く。俺がマサトシとした約束を、彼女は分かっていたんだ。


 なぁ、マサトシ。俺、ようやくわかったよ。自由って、こんないいものなんだな。


「ユードラ……ありがとう」


「礼には及ばないよ。私はただヒントを与えただけ。見つけたのは君だ。それに、私も君に感謝しないとね」


「?」


「君は私の知識を吸収してくれた。だから、これからは君にも皆に学びを与えてあげて欲しい。統治・解放の方も頼むよ」


「了解。俺に出来ることならなんだってやるぜ」


 ああ、俺もついにユードラと同じことが出来るようになったんだな。あんなに遠く思えていた存在が、こんなに近くなって。嬉しいな。


「星、綺麗だね」


 ユードラはその手を空に掲げて言った。指さす方向には、満点の星が輝いている。


「ああ、本当に」


 その瞬間、何かが星々の間を、光の速さで通り過ぎた。


「流れ星だ。それも、たくさん」


「流星群か」


 落ちる星は目にも止まらぬ速さで走り、やがて消え去る。その姿がまるで俺のように見えたのは何故だろうか。


「頑張ろうな、ユードラ」


「ああ。革命に向けて」


 星降る夜、俺たちは互いに手を交わした。


 俺は救う。自由を奪われた仲間を、みんな。そして倒す。侵略者どもを。その為ならば、殺しさえ厭わない。

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