第17話 糸を垂らして
「ねぇ、本当に凄かったね」
宿でシゲミツがはしゃぐ。まぁ、その気持ちは分からんでもない。
「うちより発展してるよな」
「まぁここは人口も多いし。うちもすぐ追いつくだろうね」
「そうしないといけねぇよな」
俺たちはひとまず奴隷主の恐怖から解放された。だが、それは真の自由じゃない。真の自由とは『皆がやりたいことを、不自由なく実現出来る世界』だ。それに向け、もっと発展していく必要がある。
「……僕ね、やっぱりヒロトが羨ましいよ」
「急にどうした」
シゲミツは強い奴だ。泣き言なんて、普段は絶対に言わない。だから、今日は何かある時。それもド級のやつが。
「ヒロトはさ、力があって、皆をまとめる力があって。僕には無いものばかりだ。僕には特別な力なんてない。強いて言えば鉄砲を撃つことだけ。ヒロトと友達じゃなかったら、僕は今ここにいないんだよ」
「いや、お前も」
いいとこ沢山あるじゃんかよ。しかも、俺だって皆の助けがなかったら出来ない。俺はそう言おうとしたが、シゲミツに止められた。あいつ、俺の口の前に手を出してきやがった。
「だからこそ、ヒロトには自信を持ってほしいんだ。君には、君にしかできないことが山ほどある。常に自信を持って! 君は強いんだから」
シゲミツは大きな笑顔を浮かべながら俺の背中を叩いた。もしかして、俺のモヤモヤがバレてたのか。そんなに俺、分かりやすく落ち込んでたっけ。
「さ、明日もあるんだし今日は早く寝よ!」
「ああ、そうしよう」
俺たちはその言葉を最後に布団の中へ潜り込んだ。
まずいなぁ。俺、そんなバレバレな程出ちまってたか。何とか解決しないと。このままじゃ、戦力にすらなれねぇ。
今更になって、あいつの言ってたことを思い出す。『俺は呪いとなってお前の元に住み着くからな!』。おいジュイン、これが呪いなのか?
――
「ふぁぁ、眠ぃ」
早朝、俺は小鳥のさえずりと共に目を覚ます。ちくしょ、目覚め悪ぃぜ。あんなこと考えてたからかな。
「おい、起きろ。朝だぞ」
「んんん、もうちょっと」
未だ布団にくるまっているシゲミツに優しく触れる。まぁこいつも疲れてそうだし、無理やりに起こすのはやめよう。
「おはようございます、お二人方」
ガチャリ、音を立てながらドアがゆっくりと開く。ナカモリさんだ。その手には籠をかけている。
「あらま、おはようございます」
「朝どれ野菜を持ってきました。朝ごはんにいかがですか」
「おお、これは美味しそうだ。おいシゲミツ、美味そうな野菜だぞ」
「んん……そろそろ起きるか」
眠そうな目を擦りながら、シゲミツはその身を起こして野菜を受け取った。
「それでは、食事が終わりましたら外においでください。本日も私が案内させて頂きます。それでは」
そう言って、ナカモリさんは去っていった。さて、せっかくの貰い物、頂こうか。
「ん、こりゃうめぇな」
「うん、本当に美味しいな」
流石、農家が指揮して育てた野菜。味が数段違ぇや。そんなこんなで、あっという間に朝ごはんを食べ終わってしまった。
「さて、行こう」
俺たちは身だしなみを少し整え、ナカモリさんの元へ向かった。
「あら、早かったですね」
「美味かったんで、野菜」
「それはよかったです」
ナカモリさんは太陽のように眩しい笑顔を浮かべた。この顔よ。人が着いてくる理由が分かるぜ。俺もこんな顔出来たらなぁ。
「さて、今日は遊びまくりましょう!」
「遊ぶ?」
「ええ。普段、気の抜けないキリキリした生活を送ってるでしょ? だからこそ、今日ぐらいは遊びましょう! 大丈夫。この辺は敵もいませんので」
遊ぶ、か。正直言って心配だな。ヤマトにいた時はマサトシとよく遊んだけど、何年も前のことだ。それに、ナカモリさんはマサトシみたいな親しい人じゃない。だからこそ、心配だ。
「いいんじゃないかな、ヒロト。たまには息抜きしようよ」
「まぁ、そうだな。この土地をよく知っているナカモリさんに任せりゃ、安心だろう」
「そう言って貰えて光栄です。早速行きましょう」
俺たちはナカモリさんに導かれ、村の外へと旅立って行った。
「さて、着きました」
ナカモリさんが指さす先には、大きな川が広がっていた。大きいからといって、荒れている訳では無い。まるでヤマトの川のように穏やかで、どこか気品を感じさせるような川である。
「魚釣りの経験はありますかな」
「少しは」
「右に同じく」
「なら話は早い」
ナカモリさんはそう言って、近くの小屋から釣竿を取り出した。
「この小屋と竿は奴らが使っていたと思われるものでね。少し利用させて頂いています。さて、今から釣りをやりましょう」
釣りか。正直そこまで得意じゃないんだよな。マサトシは結構得意だったけど。何せ、俺不器用なもので。
「餌はその辺の虫を使ってください。時間は沢山ありますから、ゆったりと過ごしましょう」
ナカモリさんはその辺の草むらを漁り、虫を探し始めた。よし、俺も。どうせなら沢山釣りてぇなぁ。
――
「……」
「ん? どうしたヒロト」
「ぜんっぜん釣れねぇ!」
あれから数時間、俺の竿にかかった魚は未だに零だ。餌の付け方も、竿の立て方もあってるはず。なのにだ。
「そう焦ることはないですよ」
「そういうナカモリさんはもう10匹も釣ってるじゃないですか!」
そう、これで2人も釣果無しならいい。違うのだ。ナカモリさんはまだしも、同じ素人のシゲミツでさえ、3匹釣り上げている。無しは俺だけ。
「ははは。そう焦らず。魚は人の気持ちがわかると言いますからね。焦ったり、雑念があると余計に来ませんよ」
「む……」
確かに、今の俺は雑念まみれだ。この苛立ちも、ジュインのあの言葉も、フジヤマが出せないことも。数えたらキリが無い。
「魚釣りはね、学びの競技です」
ナカモリさんはただ静かに竿を垂らしている。その姿は、まるで優しき仏像のようだ。
「まずは平心の学び。心を無にして、ぼーっとするんです。余計なことは考えない」
すげぇ。本当に『無』だ。ナカモリさんは。なんか、めちゃくちゃ集中したマサトシに似てる。
「次に適応の学び。水面と心を交わしましょう。魚の住む環境になりきるのです」
おぉ、言われてみれば確かにどことなく水面っぽい。いや、何考えてんだ俺。
「最後に好機の学び。魚が餌を食ったのを感じてから、引き上げる!」
ナカモリさんはぐっと強く竿を引き上げた。すると――
「お!」
なんと、とっても立派な魚を釣り上げてしまった。ざっと、俺の顔ぐらいデカい。
「さ、ヒロトさんも」
「よっしゃ、やってみますか」
まずは無心。深呼吸をして、身体の循環を整える。そして、ゆっくりと糸を垂らす。その集中さえ必要は無い。
「いいですね」
次に適応。糸から得られる刺激を頼りに、この身全体を川のような存在に持っていく。ゆらり、ゆらり、流れを感じろ。
そんなことをしているうちに、心が段々と澄んで行くのを感じ始めた。今までのしがらみとか、悩みとか、そんなこと、今は思い出せない。魚を釣りたいという思いすらない。この境地か。
「!」
突然、竿に波以外の刺激が走った。魚だ。
「まだです」
そうだ、まだ。まだ好機では無い。魚が完全に食ったのを確認してから引き上げる。
今だ。
「どりゃあ!」
俺は思い切って竿を引き上げる。その先には、小ぶりながらも確かに魚が着いていた。
「やりましたね」
「おお! ヒロトが遂に釣ったよ」
たった1匹。それも小さな魚を釣っただけなのに。俺の心は熱く燃えていた。さっきの無心との落差もあったのかもしれない。それでも、この熱さは何事にも変え難い。
まぁ、とりあえず……
「やったぜぇぇぇ!」
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