第8話 ロマネ
「起きて、ヒロト君。朝だよ」
「ん……」
暖かな日差し、そしてユードラの柔らかい声が身体に染みる。俺は目を擦りながら起き上がった。あの後、俺、寝落ちしちゃったんだっけ。今俺がいるのはベッドの上だ。
「今日から君はこの共同体の長だ。期待しているよ」
おいおい、簡単に言ってくれるぜ。俺、そんな何でも屋に見えるか?
「でもよぉ、俺、政治何もわかんねぇよ。土地勘だってないし。こんなんで長なんて出来るかな……」
「そこに関しては心配いらないよ。政治とか、統治に関しての面倒ごとは全て私がやる。君はただ王座に君臨し、民衆の心の拠り所になってくれればいい」
そう言ってユードラはニコリと笑う。普通なら『面倒ごとやってくれるなんてありがたい!』って思う所なんだが……俺には少し不安があった。
俺はまだユードラを完全に信用した訳じゃない。会ってまだ1日。それに工作員だったと言えども、元々敵側にいたわけだし。オマケに、あれの他にも怪しげな薬を沢山持っている。そんな奴に快く政治を任せられるかと言ったら……なぁ。ヤマト語話せるし、なんかいい人そうではあるが。
「ふむ。やはり信用ならないか」
「いや、別にそういう訳じゃ」
まずい。バレてたか。
「まぁそうだろうな。仮に私がヒロト君の立場だとしても、信用はしないよ」
ユードラは顔色を特段変えずに言った。
「ならば、私のやり方をヒロト君に認めてもらうしかないな。1ヶ月の試用期限を設けて欲しい」
「なるほど。ただし、必ず活動報告をしてくれ。そして、人命が関わることは必ず俺に確認を取ってくれ」
「もちろん」
よし、契約成立だな。とりあえずお手並み拝見といこうか。それまで俺は畑に生えてる『シュガーコーン』でもぶっこ抜いとくか。もう、俺らには必要ねぇからな。
――
「やぁ」
日がようやく陰り始めた夕方、畑仕事をしている俺の元に、ユードラがやってきた。
「どうしたんだ。何か仕事の相談か?」
「否。奴らの屋敷の清掃と調査に行ってきた」
「ほう、どのくらい進んだんだい」
「全部」
「……へ?」
おいおい、こいつは何を言ってるんだ。あの大きな屋敷を一日のうちに調査しただと? 無理だ。だって、あれ、定員12人くらいのデカさでしょ。
「そんな驚くなよ。10人くらい連れてったし、指示がしっかりしてればあっという間さ」
「そういうもんなのか……」
でも、俺にはデカい屋敷の調査をした経験なんてないから、相場が分からんのよな。まぁ、とりあえずユードラの言うことを聞いてみるか。
「奴ら、相当食料を溜め込んでたよ。小麦と魚の干したやつがたんまり。それに、わずかではあるが野菜の農園と種があった。もしかしたら自給自足が可能かもしれない」
「それは本当か!?」
だとしたら大手柄だ。それが事実であるだけで、ひとまずの食料問題は解決に向かう。それに、野菜がここで収穫できると気づけること。これは本当に大きなことだ。
「嘘だと思うなら見ておいで」
「いや、ありがとう! 本当に感謝だ!」
「お易い御用さ」
ユードラはその綺麗な顔をニコリとして言った。
それからも、ユードラの快進撃は止まらなかった。次の日――
「喜べ! 土地の調査をしたんだが、大抵の野菜を育てられることが分かった。それに、小麦や米などの穀物もだ」
「仕事はやっ! そしてすげぇ!」
また次の日――
「普段水源として使っている川を登っていったら、大きな湖を見つけたんだ。ここは奴隷主達も近づいた後が無い。つまり、魚を自由に取れる」
「でかした!」
次の日も――
「屋敷の再利用の視察に行ったんだが、何と武器を発見した。銃が8丁と剣が20本。ヤマト式のものでは無いが……」
「素晴らしい!」
それからも、ユードラはほぼ完璧な統治を行った。当初懸念していた不信感も感じさせない。なぜなら、精力的に活動しすぎて、この集落以外と連絡を取る時間などないから。いつ寝てるのかすら分からないような状況だ。
俺もユードラに協力しながら頑張った。民衆に指示を出す時は俺公認として打ち出した。そして、民衆と沢山お話・作業をして関係性を深め、良好な共同体作りに奔走した。
俺とユードラ、シゲマサを含めたたくさんの仲間の協力があり、あの『クソッタレシュガーコーン工場』だったこの村は、わずか1ヶ月で自給自足が可能な自治村落へと姿を変えたのだった。
「どうだい? お気に召したかな」
「ああ、もう十分なくらい素晴らしいよ」
俺はユードラの有能さに、言葉が出なかった。そして、ただただ彼女の有能さを賞賛することしかできなかった。
「じゃあ、私が正式に統治を行う。と言っても、君には協力してもらうけどね。君が皆に指示を出すだけで、効率が段違いだ」
「それで構わないよ。でも……」
「ん?」
「ユードラに頼りっぱなしじゃ悪い気がしてな。俺も何か知識を……と思ったんだが」
俺は少し申し訳なさそうな顔をして、頭を下に向けた。そんな俺に、ユードラはぽんと優しく背中を叩いた。
「私もただの1人の人間だ。だから分からないことなんて多くある。畑の調査だって、湖の調査だって、いろんな人に手伝って貰ったから出来たこと。君にも、頼る時が来るだろう。だから焦らないで。助ける時も助けられる時も、絶対に来る」
「そっか……ありがとう」
ユードラは笑顔を向け、ぺこりとお辞儀をした。なんだ、やっぱこいつすげぇ良い奴じゃん。疑うなんてバカらしかったな。
「じゃ、私はもう寝るよ。少し疲れが溜まってるみたいだ」
「了解。また明日」
俺はユードラのような知識も行動力もない。それなのに『救世主』と言われ組織の長をやらされてる。普通に考えれば、有り得ん話だ。
それでも、ユードラが、みんなが俺を必要としているのなら、俺はなんだってやってやる。誰かが何かを求める自由を、俺が保証出来るのだから。マサトシ、待ってろよ。お前と再開するその日までに、自由を成し遂げてみせる。

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