第5話 革命:序章

「す、すげぇ……俺、どうしちまったんだ」


 俺はただ唖然としながら、焼け野原になった爆発の跡地を見ていた。周りの奴隷たちも、俺と全く同じ反応だ。しょうがない、やった本人さえ、上手く整理出来ていねぇんだから。


「後は任せて。で、軽く振るから上手くあわせてね」


 ユードラは俺の耳元にまで近づいてそう言った。優しい花の香りがふわりと漂う。ん? 軽く振るって……?


「聞けぇ、皆の者! このお方、ヒロト様は我々ヤマト人を救うため、天から力を賜られた救世主である!」


「……はぇ?」


 おいおいおいおい、どういうことだよ!


「しかしながら、ヒロト様は度重なるルーブ人からの苦役により、その御力を失われていた。そこで私ユードラが、えーと、なんだ、そう! 忍! 忍として奴らの中に侵入し、助けに参ったのだ!」


 ユードラはふふんと鼻を鳴らし、どうだ、と言った表情でこちらを見る。


「おいおい、こりゃあ一体」


「見ればわかるだろ。宗教だよ。革命軍として人をまとめるなら、神を使うのが一般的。君の力、神っぽいでしょ」


「宗教って、仏さんとかか……」


「そそ。だからさ、ちゃちゃっと救世主の振りして!」


 いや、ちゃちゃっとって……でも、やるしかねぇよな。これが、自由の革命へ繋がるのなら。


「いかにも、我こそヤマトの守り神からの救い主、ヒロトだ! 皆の者、今こそ立ち上がれ!」


 ど、どうだ。俺は奴隷たちの方を見る。ただ、彼らはあまり盛り上がっていない。あまりの急展開に、ぽかんとしている。でも、この流れなら……いける気がする。


「我々はなぜ奴らから苦役を受けなければならない。我々には自由を掴む手と、未来へ駆ける足があるのに。それに加え、我は神から力を賜った。皆を解放するためのな!」


「お……!」


 よし、少し民衆のテンションが上がってきた。もう一押しだ。


「皆の者、武器を持て! 拳でも、斧でも鍬でも何でもいい! 大切なのは自由を求める意思である! 敵は北東、奴隷主の館にあり!」


 すっかり日焼けした空の向こうへ向かって、俺は指を向ける。その先にあるのは奴らの根城だ。


「進め! これは自由を手に入れるための戦である!」


「お、お、お、」


「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」


 歓喜、悲鳴、怒号。民衆は様々な音色を身体から溢れださせ、武器を取りに走りだした。決まった。皆が、革命へ向けて1つになった!


「やるね、君」


「そろそろ君じゃなくてヒロトって呼んでくれねぇか。番号で言われすぎて、代名詞が嫌いになっちゃった」


「ああ、了解。ヒロト君」


 ユードラはふふふと笑ってこちらを向いた。その笑顔はどこか怪しげで、何か裏がありそうであった。ちょっと探ってみるか


「なぁ、1個聞いていいか」


「うん? なんだい」


「お前、ただの学者じゃないだろ。こんな馬鹿げた力を出せる薬なんて、俺は聞いたことがない。奴らだって、知らないと思うぜ」


 俺の問いに、ユードラは黙ったままだ。


「それに、何でお前は革命を起こしたかったんだ? 母がヤマト人でも、父がルーブ人なら大丈夫なんじゃないか?」


 俺は真剣な眼差しでユードラを見つめる。


「……人にはね、他人に言いづらいことってのがあるんだよ」


 ユードラはさっきと違い、少し儚げな表情をして言った。はぶらかされたか。いや、この表情を見るに、その線は薄い。


「わかった。じゃあ俺は、お前に信用して貰えるような人間になれるよう、頑張るよ。救世主様に仕立て上げられちゃったしな」


 俺がそう言うと、ユードラはその顔を少し和らげた。やっぱり、美人だなぁ。


「まぁ、安心してくれ。少なくとも、君と同じくらいは奴隷主のこと、憎んでるからさ」


「十分だ」


 自由を求める意思、仲間を思う力。それさえあれば、他はいらない。少なくとも、俺を助けてくれた恩人なのだから。


「さ、行こう。同士が待ってる」


「おう」


 俺たちは北東、奴隷主たちが住む屋敷へと走り出した。


――


「ヒロト!」


「シゲミツ!」


 俺たちが屋敷を目の前にした時、そこに居たのはシゲミツであった。いくら俺よりパンチを食らってないと言えども、その身体に刻まれた傷は深い。



「ごめん、僕は君を助けることが出来なかった……そればかりか、自分だけ助かろうとしてしまった。あの時、あの女がいてくれなければ、僕は……」


 シゲミツは涙ながらに謝罪する。おいおい、顔上げろって。


「いいんだよそんなこと。今は再び会えた喜びを分かち合おうぜ」


「……うん、そうだね!」


 俺たちは互いに手を重ね合わせ、深く握りこんだ。


「おっと。君に頼まなきゃいけないことがあったんだ」


「ん? どした?」


 俺がそう尋ねると、シゲミツは彼の後ろにそびえ立つ、大きな壁を指さした。


「こいつは……」


「ああ、奴らの屋敷を守るための門だ。こちら側からじゃ開けられなくて、みんな立ち往生よ」


 辺りを見回してみると、本当に多くの仲間たちが、武器をその手に持ちながら地団駄を踏んでいた。


「なるほど。じゃ、俺に任せてといて」


「よろしく! おーい、救世主様がきたぞー!」


 おいおい、お前まで……やめてくれよ。だが、その呼び声に仲間たちは歓喜の声を上げ、たちまち1本の道が出来た。


「みんな、ありがとうな」


 俺は右手の人差し指を自由を隔てる壁へと向け、心に巣食う炎を解き放つ。


「崩れろ!」


 俺の言葉と共に、光り輝く弾が美しい弾道を描きながら、門へと進む。そして、それは大きな爆発と共に、自由の風穴を空けた。


「全軍突撃!」


「おおおおお!」


 怒りの銅鑼が響きわたり、民衆が一斉に屋敷の中へとなだれ込む。さぁ、戦の始まりだ。

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