第7話 パフィ・アウグステラ・フォン・アルカナ②

◇◇◇




 王族としての才に恵まれたパフィであったが、それ以上に魔法の研究に関する才には類稀なものがあった。

 彼女の専門は、その道の賢者とされるアンジェリカとは多少分野が異なっており、魔術理論そのものや、魔法具や魔具などのアイテム開発がメインであった。

 基礎研究と応用研究のどちらも一流にこなす彼女は、その分野の研究の世界で、競合とされる者達から、一目置かれる存在であった。


 魔法の研究に加えて、アルカナの姫としての公務とで、彼女の生活は多忙を極めていた。

 そんな状況であったので、聖騎士の少年と顔を合わせたのは彼が召喚された翌日のことであった。







◇◇◇





 召喚当初、勇者はどこかの国の美しい貴族の様な見目と言われ、男女問わずに多くの者が群がった。

 城内で働く多くの女性が彼のファンとなった。

 しかし、召喚当日からとある貴族の世話となり、好き放題に過ごす彼に対し、多くの者は幻滅し、それでも彼を肯定し続けたのは、顔さえ良ければそれで良いという女性か、勇者の肩書きに釣られた夢見がちな女性か、勇者を利用しようとした打算的な者のどれかであった。

 

 逆に、聖騎士の少年は、派手でキザな勇者に比べると多少地味で、どこにでもいそうな純朴な少年であった。

 しかも彼は、訓練をするとなっても、剣どころか木剣すらも握ったことがないという。

 それに、動物をあやめたことはもちろんなく、人を含めた生物全般を傷付ける行為にも慣れていないようであった。

 彼が人に向けて木剣を振る行為を躊躇ためらうのを見て、多くの者は、本当に彼は信頼に値する人物なのかと懐疑的になった。

 

 彼の訓練風景を思えばその感情もわからなくはない───躊躇っては打ち込まれ、打ち込まれては這いつくばり、這いつくばったかと思えば立ち上がり、叫び声をあげて木剣を構える。

 数日を経て彼は、木剣を振るうようにはなったものの、いつも泥にまみれて、傷だらけであった。


 それでも何とか、複数人のシスターによって何度も何度も回復を施されることで、文字通り、一日の内の大半を訓練に費やした。


 また彼の訓練内容は一つの逸話となった。

 それは、凄惨とも言える彼の訓練を見たシスターや侍女が、悲鳴を上げて気を失ったという話であった。

 パフィがその話を耳にしたのも一度や二度ではなかった。


 しかし、そんな聖騎士の少年であったが、風向きが変わるのにそれほどの時間はかからなかった。それは何も、彼の技術が上達し、肉体が鍛えられたからではなかった。


 ボロ雑巾のように倒れ伏しても、幾度となく立ち上がり、立ち向かう、決して諦めない彼の姿が、多くの者の胸を打ったからだ。


 初めの頃は、自ら彼の回復を申し出たシスターは、聖女を除くとシエスタという女性だけであった。それが一日が過ぎ、二日が過ぎと時を経るごとに、一人、また一人と、彼の回復役を自ら買って出る者が増えた。そして、一週間が経た頃には、およそ全てのシスターが進んで彼へと回復魔法を施した。


 それどころか、訓練場の入口付近には、多くの侍女が見物に現れ、「聖騎士様ー! 頑張ってくださーい!」「きゃーー! こっちを見ましたわー!」と声援を飛ばす姿も見られたのだった。


 パフィ付きの侍女によると、聖騎士の少年を応援する者は「意志の強そうな瞳が良い」だとか「普段の彼とのギャップが良い」だとか「諦めない姿にキュンとした」と主張しているらしかった。




 気が付けば彼を応援する者の中に、マディソン宰相までもがおり、訓練を見ながら、両腕を振りかぶって渾身のガッツポーズをとったり、目頭を押さえて涙を流していた、という噂がまことしやかに流れたりした。


 けれど、パフィが聖騎士の少年と初めての出会いを果たした場所は訓練場ではなかった。


 二人が初めて出会ったのは、王城内にある図書部屋であった。

 

 気が触れるような訓練に明け暮れていた彼は、驚いたことに睡眠時間を極限まで削り、図書部屋でこの世界の一般常識や地理などの、これからの探索者生活に必要な知識を学んでいた。


 先に話し掛けたのは、パフィからである。

 それは、立場的に彼からは話し掛けづらいだろうという配慮からなされたものであった。

 ただ、勇者の件があって以降、同じ召喚者の聖騎士の少年ももしかすると勇者と同じ様な人間性かもしれないと身構えていた───というより恐れている部分は否定できない。

 しかし、それは全くの杞憂であった。


 聖騎士の少年は勇者とは全く異なる人物であった。彼は理知的で理性的で……何よりも優しかった。


 パフィが召喚したことについて謝罪すると「貴方はあの場にいませんでした。多分ですが、貴方は関与してないのでしょう?」と返答された。


 責められても仕方ない状況だと思っていた。

 自分が彼の立場ならどうだったか。

 はたして彼の様に振る舞えただろうか?

 パフィ姫は彼に興味を持った。


 彼と交わす言葉は、初めの頃は、一言二言の挨拶であったが、時と共に、日数を経るごとに、「何を学んでいるのか」とか「向こうの世界ではどうだったか」などの疑問を投げ掛けるものとなった。彼もはにかんで彼女に良く小気味ぽんぽんと返事を返した。

 それに気を良くしたパフィは、奥ゆかしさも忘れ、少年へといくつもの質問を投げ掛けた。

 

 こちらの常識は、向こうでは全く通じない。

 竜もいなければ、首刈り兎もいない。

 魔法もなければ、剣を所持しただけで逮捕される。

 全ての国民は、学習の機会を与えられ、多くの者が同じ教室で、机を並べて学ぶ。


 それはまるで物語の世界の様であったが、間違いなく存在する世界であった。そして、この優しくも意志の強い少年はそこで日常を過ごし、生活していたのだ。


 世界は限りなく広く、自分のちっぽけな想像力では到底及ばないものは確かに存在するのだ。それをパフィは改めて知り───少年への気持ちを強いものとしたのだった。










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