第4話 明日へ④

○○○



「話が長くなったな……最後に俺から三人に聞きたいことがある」


 アンジェが「何?」と首を傾げた。


「これから、三人はどうするんだ?」


 あまりにも漠然とした問いだ。

 けれど、これだけで真意が伝わるはずだった。


「私は、師匠のお側にいようと思います」


 エリスがつつつっと俺の隣に立ち並んだ。

 その様子がツボに入り、吹き出してしまった。するとエリスが「駄目……ですか?」と哀しげな瞳で俺を見た。瞳がうるうるしてるのよ……。


「おお、駄目じゃないけどよ。ちょっとこのまま小屋で住まわすのは……」


「師匠……駄目、なのですか?」


 エリスはさらに瞳をうるうるさせて俺に尋ねた。


「……セナと話し合ってくれ」


 まあ、これまでと一緒だから大丈夫だろ……すまないセナ、これからも頼む。

 心の中でエリスの面倒をみてくれていたセナに謝罪していると、次はアンジェが俺の質問に答えた。


「私は、王立学校から教師の誘いがきてるから、それを受けようと思ってるの。その傍らで、研究でも出来たらいいかな」


「すごいな!」


「えへへ、それほどでも……」


「アンジェなら絶対に良い先生になるよ! 俺みたいな知識ゼロの人間にでも、根気良く付き合ってくれたもんな」


 俺の使う魔法のほとんど全ては、彼女と考えて、彼女と創り上げたものだった。知識ゼロの俺がこれほどまでに魔法を使えるようになったのは彼女のお陰だ。


「そんな、やめてよ。あれはイチローが頑張ったからよ」


「謙遜すんなし。アンジェは、出来ない人の気持ちがわかるんだ。それで助けられる人はたくさんいるだろうな」


「おだてても何も出ないわよ」


 ふふ、と笑いアンジェが俺の肩を叩いた。

 俺達二人は、毎日毎日飽きもせずに、他愛のない話を何時間もして、夜を語り明かした。

 そうだった。俺と彼女はこんな風に笑い合っていた。


「アンジェリカさんの実力は素晴らしいものがあります。間違いなく、一流の先生になれると思いますよ」


 ミカが太鼓判を押した。


「ありがと……それでミカはこれからどうするのよ?」


 アンジェがミカに尋ねた。


「私は、これまで私達が通ってきた道を巡ろうと考えてます」


 理解が及ばなかったのかエリスが疑問符を浮かべた。それを察したミカは詳しい話を続けた。


「私達が通った街々には、リューグーインの愚行で未だに苦しんでいる人がおられます。私は、彼らを少しでも癒やしたいと思います。もちろんこれは、私の自己満足に過ぎませんが……」


 あの日・・・、彼女は厭世感に支配されていた。


「恥ずかしながら私は、つい先日まで、全ての責を負うために最北にある修道院に身をやつそうと思っておりました」


 あのときの俺には、彼女が世俗から離れることを止める術がなかった。けれど───


「オーミ様と共に過ごしていたあの頃、彼女から『世俗を去ることは償いにはならない』『償いもせずに世俗を去るのは逃げだ』『逃げる前にやることがあるはず』と幾度となく説かれました」


 やっぱりセンセイじゃねーか。


「彼女の言葉を受けて私は、本当に私がこれからすべきことを考え続けました。そうして辿り着いたのが、かつて旅した際に私達によって傷つけられた方々を癒す、でした」


 全てを諦めた表情だった彼女が、自分で考えて動こうとしている。あのときの俺では彼女の説得は無理だった。

 愛してんぜ、センセイ!


「私がオーミ様にその話をすると、『我も付き合ってやろう』と仰ってくださいまして、瞬く間に、二人で旅をすることが決まりました」


 ん、んん……?


「ちょっと待って!? センセイも行くの?」


 その話は初耳であった。

 セナはどうするの? センセイ大好きっ子のセナを置いてまたどこかに行ってしまうの?


「ええ、オーミ様と一緒です。彼女がいてくださると考えただけで心強くてほっとします」


 俺の問い掛けに、ミカが答えた。

 これは、恐らくセンセイから俺に対する一つの頼みのようなものに違いなかった。

 俺は、セナを任されたのだ。


「いつの間にそんな話をしてたんだ……けど、そっか……だからかな? この前会ったときより良い顔してるよミカ」


「ヤマダ様、何を言ってるのですか……もう」


 顔を赤らめたミカが、両手をそれぞれの頬に添えた。

 生真面目が服を着たような彼女であるが、その表情はとても愛くるしいものだった。

 三人のこれからを話し合い、俺達はもうすぐこの場を離れる。


「みんなにちょっと渡したい物があるんだ」


 けれど俺は絶対にこれを最後にはしない。

 マジックバッグからそれ・・を三つ取り出した。


 それ・・は腕輪であった。

 クロアに特大の無理に無理を重ねた末に無理を頼み、足りない材料と費用は、俺の財産の金銀お宝を大量に放出することで、やっとこさ何とか用意してもらえたものだった。


 俺の言葉に三者三様に、不思議そうな顔を浮かべたが、彼女達にそれを渡すと、構わずに言葉を続けた。


 緊張し過ぎて、口から心臓が出てきそうだ。

 

「三人はさ、俺に償いたいって言ってたよな?」


 俺の言葉の意図が読めず、三者三様おずおずと頷いた。


「だったら───」


 俺はそこで区切って舌で唇を湿らせた。


「これからする俺の頼みを聞いてはくれないか?」



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