第39話 聖騎士 vs 勇者(究極完全体) (終)

○○○




 背中の多腕から大量の《神気》が蒸気のように噴き出した。


「バ、バケモノっ……」


 竜宮院が一歩、二歩と後ずさった。


「人聞きが悪いな。かっこいいだろ」


 というよりも、だ。

 俺の姿以上に、彼という存在がバケモノだ。

 その数々の悪行を思えば、これは決して言い過ぎではない。

 他を寄せ付けない自己中心性を持ち、自分本位が過ぎればそれはもう、バケモノと変わりはないのだ。

 俺の接近に対し、竜宮院は意を決し声を張り上げた。



「ッッッ──《時間破壊クロックストライク》ッッッ!!」



 視界。光速。閃光。無数。縦横無尽。全方位。

 魔力を極限まで詰め込んだ二十を超える腕と、左腕と光魔法で誂えた右腕で以て、竜宮院の光速の攻撃をひたすらに捌き続けた。


 それは七秒か、八秒か。それは彼にとっても、そして俺にとっても長い時間であった。

 しかし───


「十二発か───」


 超加速を終えた竜宮院の身体がくの字に折れ曲がり、胸、腹、両肩、両腕、右脇腹がボコォォォと変形した。


「痛、いあ、あ、痛、どう、して」


「もう少し痛そうにするかと思ったけど、全然平気そうじゃないか。骨折も無さそうだしよ」


「痛い、よ、俺は"最強"に、なった、はずなのに……パワーも、スピードも、俺が圧倒して、たじゃないか」 


「簡単なフェイントに引っ掛かるような腕前でよく言うな」


 ダメージが抜け切らない竜宮院が心底不思議そうな声を漏らした。


「単調で力任せの攻撃なんてすぐに適応される」


「ギ、グギギギ」


「もう、諦めろ竜宮院。俺が言うのもこれが最後だ。大人しく投降して罪を償え」


 竜宮院の目は未だに死んではいなかった。

 けれど、それを隠すように、彼はひきつった笑みをへらへらと浮かべた。


「山田、僕達は同郷から来たたった二人きりの友人だろ? そのよしみだと思って僕を救ってはくれないか? 僕はもう、悪いことはしない。約束する。絶対に。だから僕を上手く逃してくれよ」


「……」


 俺の表情を見て何かを悟ったのか、必死の形相ぎょうそうで竜宮院が言い募った。


「みんなにはすまないことをした!! 本当の本当だ!! 僕は何て愚かな人間なんだ!! 取り返しのつかないことをした!! みんなのことを思うと胸がいたくて今も涙がとまらない!! 僕は心から反省しているんだ!!」


 俺は、首を振った。


「竜宮院、実は俺も反省してる」


 俺の言葉に竜宮院が疑問符を浮かべた。


「お前を野放しにしてきたことをな」


「山田ッッッ───」


 ぐっと歯噛みした竜宮院がババッバババッと両手を広げて、悲劇のヒーローのような表情で言葉を絞り出した。


「本当なんだ。反省してるんだ。それに僕は暴力が嫌いなんだ。暴力をやめて言葉で話し合えばきっと通じるはずなんだ。僕達は同じ故郷を持つ仲間───いや、僕達は同じ星に住む人間なんだからさ」


 彼の形の良い口から薄っぺらなセリフが矢継ぎ早に放たれた。

 必死に捲し立てる彼の姿は道化そのものであった。


「僕がここから脱出出来たら、君には望むだけのものを用意する!! 女だって!! 金だって!! 美術品だって!! レアアイテムだって!! 珍味だって!! 何でも! 何でも何でも! 何でも用意して君に恩返しするから、だから僕を───」


「もうやめろ、竜宮院。俺は逃がすつもりはないし、お前はここで終わりだ」


 彼はこれまで好き放題にやってきた。

 その罪を償わないといけない。


「それよりお前、『暴力は嫌い』って言ったな。俺も暴力は嫌いだよ」


「なら───」


「けれどな、誰にでも、こぶしを握りしめないといけない場面ってのはあるもんだ」


 そうだ。これは俺達の覚悟の問題だ。 


「───それが今ってだけだ」



「どうしてぇよぉぉぉっ!! どうしてぇわかってくれないのぉぉぉぉぉっ!! 僕は本当に反省してるのにぃぃぃっっ!!」



 竜宮院が泣き言を終えたタイミングで、



「《時間破壊クロックストライク》ッッッ!!!」



 一瞬で最高速度に達した。

 彼は、俺に背を向け、結界手前まで一足飛びで辿り着くと、剣を二度、三度と叩き続けた。俺は黒グラムをマジックバッグに仕舞った。もはや必要ないと判断したからだ。



「《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》」



 二人の神気結界が破れるわけがない。

 ようやく気付いた竜宮院が、覚悟を決め、俺に相対し、地を蹴った。



 光速。

 同一世界。

 完全なる超加速戦闘。

 もはや彼の全てが手に取るように分かる。

 息遣い、心臓の音すら。



「──────ッッッ!!!」



 竜宮院の攻撃の全てをあしらってみせた。



「キィィィィェェェェェェェェッッッ!!」



 彼は声になら奇声と共に渾身の上段を振り下ろした。


 当たるわけがない。

 ここからは全部俺の番だ。


 振り終わり直後の彼の剣を拳で叩き抜き、真っ二つにぶち折った。

 多腕を一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、と間髪入れず竜宮院の体軀にぶちかますと、彼は顔面を変形させて、暴風に巻き込まれた枯れ木のように吹っ飛び《神気結界》に激突し、


「うぎゃっ! うぎゃっ! うぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」


 激しいスパークが走り、周囲を照らした。竜宮院は背中からブスブスと煙を上げ、それでも何とか立ち上がった。その顔には恐怖が見える。

 けど俺には……全然可哀想には思えなかった。それに───


「俺は、やっぱり大した人間じゃあないみたいだ」


 これはもはや大義ではない。

 単なる復讐だ。

 けれど俺はやめるつもりはない。

 そうだ。俺は怒ってるのだ。


 彼の悪行に。

 これまでの仕打ちに。

 みんなの涙に。

 みんなの苦しみに───



「……うあ、う、き、君はすごいよ、だから僕をここから、逃げさせて……頼むよ」



 俺は彼の言葉を無視して、二十を超える多腕のいくつかで竜宮院を持ち上げ拘束した。

 俺の怒りを反映してか、多腕がボコンボコンボコンボコンと蠢き胎動した。


「怖いィィィィッッッ!! バケモノォォォォ!! もう許してェェェェっっ!!」


 より太く、より強固で、よりしなやかになった多腕を見て、竜宮院が悲鳴をあげた。


「人を人と思わないお前の方がよっぽどバケモノだろ」


「モブのくせにィィィィッ! 山田ァァァ───ぐえアァァァァァァァァァ!!!」


 もう良いだろ。

 そのうるさい口を閉じろ。


 右拳を彼の顔に全力で叩きつけたが、拘束された彼は、後ろにぶっ飛ぶことなくその場で固定された。


「お前が執念深いことは、よく知ってる」


 これまでの彼の行いは、召喚当初から企んでいたことだ。全てわかっている。


「良かったな、今日はこの場にミカだけでなくセンセイもいる」


「ひゃ、ひゃ、ひゃだぁ! ひゃぁなのおおおっ!!」


「首を切っても生きてたし、瞬間的に治せば何しても大丈夫ってことはわかってる。だから半殺しなんて甘いことは言わない」


「───っっ!!」


「俺が今からするのは"九割九分九厘殺し"だ。"お前がただ死んでないだけ"になるまで殴る」


「うぉねがいひまひゅ!! ひゃめれくらさい!!」


「竜宮院、《限界突破》に感謝しろよ」



 再び竜宮院を神気結界へと放り投げた。

 皮肉なことに彼は、自身が先程口にした磔刑像の様なポーズで神気結界に衝突した。

 強烈なスパークが煌々と周囲を照らす。


「ひいギぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 良かったな竜宮院、"磔刑"されることに憧れてたんだろ?

 ああ、全ての腕にかつてないほどの力がみなぎっている。


「全身全霊のラッシュだ」


 顔面胸打つ腹胸振り抜く打つ胸突く肩殴る右腕殴る左肩左打つ振り抜く肩右打つ叩きつける大腿殴る肝臓突く殴打つ顔腹打つ殴る顔顔打つ突く顔振り抜く右殴側頭部振り抜く左肩側殴る頭部打つ打背中左殴肝臓顔殴腹顔殴る顔顔殴右側殴る殴る殴撃抜殴肩側頭部打背中撃抜殴左手打打打打五指左殴殴大殴腿殴顔殴胸殴顔殴面胸殴腹胸胸───


 実際にはたったの十秒足らずだ───


 あらゆるあらゆるあらゆる背中左肩大腿殴る殴るすべてすべてすべて殴る面殴る背殴る腹殴る肩殴る胴殴る胸殴る膝殴る殴る顔面顔面顔面顔顔顔殴る殴る殴る殴るるるるるるるるるるるるるるるるrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr───



 しかしそれは───光速状態で極限まで引き伸ばされた時間であり、俺は竜宮院の全身に無数の拳を叩き込んだ。


 やがて───《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》が解除され、一息つくと、背中から生やした光の腕が粒子となり消えた。


「ようやく、終わった」


 そこには、意識を失いずだ袋の様になった竜宮院が横たわっていた。










 改めて竜宮院を確認すると全身無事な箇所はなく、糸を切り離したマリオネットの手足のように曲がってはならない方向にひん曲がり、顔なんて原型を留めていなかった。

 彼を光魔法にてきつくきつく拘束していると背中に衝撃があった。それがセナが俺に飛びついたものだ───とすぐさま認識するも、彼女だけではなかった。


 少し遅れて、ミカ、アンジェ、エリス……彼女達も涙を流し、自身の身体を当てるように俺にしがみついた。抱きしめられた言い換えてもいい。

 さらに遅れてやってきたアノンやオルフェ達にももみくちゃにされながら、やっと俺は実感できた。



「俺の勝ちだ」



 腕を突き上げ、勝鬨を上げた。

 








───────────

長らくお付き合いくださってありがとうございます。

 



 

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