第35話 聖騎士 vs 勇者 ⑦

○○○




 砕け散ったリファイア。

 その瞬間がスローモーションに感じられた。


 嗚呼、ああ。

 一人で過ごしたあの日々。

 深く孤独に蝕まれていた俺の……

 俺の相棒はリファイアだけであった。


 これまでに踏破したどの迷宮もリファイアなしでは成し遂げることは出来なかった。


 リファイア───リファイア───リファイア───しかし感傷に浸る時間はもうない。


 今すぐにでも、竜宮院の能力の具現たる黒いオーラが、俺達のいる空間を満たし、全ての事象を捻じ曲げ竜宮院色に染め上げんと、脈動している。


 そこで、俺はようやく気付いた。

 リファイアは砕け散り、無数の破片に姿を変えた。その煌めきが───欠片が───空間に滞留していた。


「リファイア、お前───」


 滞留した欠片は、渦巻き、そして───


「山田ァァ!! 人間は諦めが肝心なんだァァァ!!!」


 竜宮院が黒いオーラに勢いをつけるかのように、腕を勢いよく前へと突き出した。

 勝ちを確信した彼は口を三日月のように釣り上げ、哄笑を上げた。しかし、未だに宙を浮遊するリファイアの欠片───その内の、目視出来るほどに大きな欠片二つが光の速さで放たれ、竜宮院へと───


「ぐぅぅぅぅぅゔッッ……どう、じで、」


 深く突き刺さった。


「痛、だい……痛い、よ」


 それを皮切りに、いくつかの欠片が俺達へと飛来し、一つはミカに、一つはアンジェに、一つはエリスに、一つはパフィに突き刺さり。そして最も大きなそれは、俺へと突き刺さった。

 その場で滞留したリファイアの欠片は、眩い光を放ち、途轍もない速度で、セナとセンセイの結界の外へと拡散された。


「何でえっっ!?」


 竜宮院の喚く声にハッとなった。


「何で何で何でっっ! 出来ない!? 出来ないよっっ!? 出来ないのぉぉっ!!」


 周囲を見た。竜宮院のスキルである黒のオーラは完全に霧散していた。







☆竜宮院の体内にある二つの《護剣リファイア》の欠片☆

 あるじたる山田のスキル《スキルディフェンダー》の効果を獲得し、さらに聖剣の頃の性質増幅器によって《スキルディフェンダー》を極限まで増幅させた効果を持つ。

 今現在、その欠片は竜宮院王子の体内に入り込み、分子レベルで溶け、混ざり合い、もはや分離は不可能となっている。



 一つ目の欠片により竜宮院王子のスキル《ひざまずいて全てを差し出せ》は生涯封印されました。

 二つ目の欠片により竜宮院王子のスキル《こうべを垂れて全て功績を捧げろ》は生涯封印されました。






「どうしてぇッ!? どうしてぇぇぇッッ!! 僕の力ァァッッ!! ああッッ!! ああッッ!! ああッッ!! ああんッッ!! 何でぇッッ!! 何でなのォォォォォ!! 何で使えなくなっちゃったのおおおォォォォォ!!」


 彼の悲鳴のような雄叫びが虚しくこだました。







 そしてまた一つ。

 啜り泣く声が聞こえた。

 声のぬしはパフィだった。

 膝をついて両手で顔を覆いさめざめと泣いていた。

 大丈夫だ。心配するな。忘れてしまえばいい。

 幾つもの掛けたい言葉が脳裏をよぎった。


 けれど、まだ終わってなかった。


 竜宮院が幽鬼のようにゆらりと佇み髪を掻きむしった。

 血走った目が彼が正気を失っていることを表していた。

 いや、彼はそもそも正気ではなかったか。


「山田、お前みたいなモブキャラのせいで俺の計画は台無しだ。

 お前は、神から与えられた俺の才能を妬んで、わざわざ俺の足を引っ張ったんだ。抜きん出た人間を妬み嫉みで攻撃するだなんて、恥ずかしいと思わないのか?」


「恥ずかしいのはお前だろ。お前なんて寄生プレイ人生じゃねーか! そっちこそ恥ずかしいと思わないのかよ?」


 俺の言葉に竜宮院がキッと反応した。


「お前は、何にもわかっちゃいない!! 俺にはそうするだけの権利がある!! 日本にいた頃も特権階級の人間ってやつは確かにいた!! 俺は"勇者"だぞ! "勇者"の俺があいつらと同じことをして何が悪いんだ!!」


「違うだろ」 


「このモブヤローがッ! 何が違うんだッッ!!」


「わかんねーのか? わかんねーフリしてるだけだろ?」


「何……を?」


「お前は特別でも何でもないただの平々凡々な男だろ。

 そもそも何の能力もないし、何も成しちゃいない。

 したことと言えば、酒に溺れて、女を抱いて、虚栄心を満たすためだけに人を振り回して他人に迷惑を掛け続けた───ただそれだけだ」


「黙れ……!」


「いくら御大層な口上を並べても、お前の本質は何も変わりはしない。

 お前は自分のことを一廉ひとかどの人間と思い込んでるかもしらねーけど、大層なことは何一つ出来やしない」


 賢しらな口調や大物振った振る舞いはもはや滑稽ですらある。


「お前は己をコントロール出来ず他人に迷惑をかけ続け、欲望に溺れただけのただの小悪党だ」


 竜宮院が顔を真っ赤にし、肩をいからせた。


「黙れッッ!!」


 本当は彼もわかっているのだ。


「英雄ごっこは楽しかったか?

 敵の前に立ったこともないのに、分不相応にもSランクパーティを率いたんだろ。聞いたぞ。お前のせいで全滅寸前だったそうじゃないか。その責任もエリスに押し付けたんだってな。

 恥の上塗りにもほどがあるだろ。

 探索者界隈じゃお前のこと『勇者は臆病で考え足らずで器の小さな雑魚』だって笑い者になってんぞ」

 

「黙れって言ってるだろッッッ!!」


「黙るかよ。商売ごっこは楽しかったか?

 みんな言ってるぞ、お前のこと。

 経営の経験もセンスも、欠片ほどもないくせに、いっちょ前に口を挟んでくるただの詐欺師だってよ!!」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇーーーッッ!!」


「『黙れ』しか言えねーのか?

 いや、もしかしてお前……図星だから動揺してんのか?」


 指摘された竜宮院は、ポストのように顔を真っ赤にし、『黙れ』すら口に出来ず「ぐぅぅぅ」と唸るように呻いた。


「だったら何度でも言ってやるよ。

 御大層な言葉でいくら理論武装しようとも、お前自身の中身はてんで空っぽ。どこまでいってもお前はただの穀潰しの詐欺師だ。

 "勇者"だって? "勇者"だからなんだよ?

 "聖騎士"? そんなもん関係ねーよ。

 本当に大事なものは───」


 かつてを思い出して、胸が詰まった。


 そうだ。

 俺は、いつだってそうやって生きてきた。


「本当に大事なものは、俺達の心の深奥にある、己を己たらしめる確固たる芯だろ」


 竜宮院が「……五月蝿うるさい」と歯噛みしたのがわかった。


「お前には、己の芯がねーよ。

 全ての行動は自分のためで、一番大事なのは自分自身。

 お前のやってることは己をことさらに大きく見せるためだけに行われた、虚飾にまみれた無為で空虚な独りよがりだ」 


五月蝿うるさぁぁぁぁいッッ!!」


「次の言葉は『五月蝿うるさい』か?

 もういい。お前は謝らない。そういう奴だ。

 だからもう終わりだ」



 彼を拘束しようと、近付いた瞬間、





「僕は、暴力が嫌いなんだ」





 先程までの様子とは打って変わって───




「だから、本当は使いたくなかった」




 竜宮院がポツリと呟いた。




「僕はここから脱出して、僕に突き刺さった破片を絶対に取り出して、全てを取り戻してみせる。だから僕の最後のスキルアルティメットスキルを───」




 俺は彼を拘束すべく、光魔法で輪を作って放った。

 しかし───



「《限界突破》」



 彼が告げた。




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