第21話 竜宮院劇場①

○○○



「ヒルベルトォォォォッッ!!」


 竜宮院が叫んだ。


「この畜生にも劣る豚野郎がァァァ!! 俺から受けた恩を忘れたのかッッ!! 」


 彼は人目も憚らずに声を張り上げ続けた。


「ヒルベルト謝罪しろッッ!! これは最後通告だッッ!! お前は俺の敵かッッ!! それとも味方かッッ!! 今、この場ではっきりさせろッッ!! 敵ならば容赦はしないッッ!!」


 彼は極度の興奮からか「ふぅー! ふぅー!」と息を荒らげた。喉を枯らすような竜宮院の怒鳴り声は異様であった。もしかすると、そもそも彼は、自分の思惑が外れたときこのように振る舞う人間なのかもしれなかった。


「勇者様、私には貴方から受けた恩なんてものは、一つもありませんでした」


 ヒルベルトの表情に複雑な色が見えた。

 それは怒りと疲れと、それだけでなく、


「それに私は、貴方の味方であったことなど一秒たりともありませんよ」


 有り余るほどの哀しみであった。


「勇者様は御自身のことを一廉ひとかどの人物であるかのように思い込んでおられたようでしたが、当たり前のことをさも特別な知識であるかのように話される、そのお姿は、まことに幼稚で、救いようのないほどに愚かで、滑稽極まりありませんでしたよ」


「ヒルベルトォォォォッッッ!!!」


「ああ、そうそう、これまで面倒見てきた分の請求と共に、この傷の慰謝料も後ほど請求させていただきますので、楽しみにしておいてくださいね」


「ビゥベヴドオオオオオオオォォォォッッッ!!!」


 竜宮院は悪魔もかくやという形相を浮かべ声を振り絞り叫んだ。しかしヒルベルトがくるりと後ろに向き直り、多くの者達へと手を広げた。


「皆様もご覧になられましたか? これが勇者様です」


 不退転───冷静なヒルベルトの声が、王の間の人々に届いた。


「この表情に、このおこない。

 勇者様は常日頃から、気に入らないことがあれば、いつだってこのように振る舞われてきました」


 竜宮院が奥歯を割れるほどに食いしばり顔を再び下向けた。

 マディソンはタイミングを逃さなかった。


「勇者リューグーインよ、貴様が証言者としてこちらへ寄越したヒルベルトがこう言っておる。それではレモネでの悪行の数々を認めるということでよいか?」


 ここで頷けば、話はこれで終わりだ。

 けれど、そう簡単には───


「あー、あー、あー、あー」


 竜宮院のイケボが響いた。


「あーあーあーあーあー」


 意味を持たない彼の声は率直に言って不気味で恐ろしかった。

 声が途絶え数秒が立ち、彼が再び前を向き直った。彼の表情はさっきの出来事が幻だったかのように穏やかなものだった。


「どうして君達はよってたかって僕を責めるのか……僕にはその理由が本当にわからないんだ……」


 彼の演技は真に迫る。


「ただ、そうだね。僕が何かしらしていたと仮定して話してみようか───」


 彼の感情のアップダウンの激しさは正直恐ろしい。今は再び凪いだ状態であるが───

 

「人間というのは非常に脆い生き物なんだ……」


 悲しみを押し殺した声音だった。


「僕の住んでいた世界にはPTSDという概念があってね」


 マディソンをはじめとした多くの者は理性的だ。彼の話の腰を折る、だなんてことはしない。


「これはつまり、心的外傷後ストレス障害というものなんだけど……要するに衝撃的な出来事が原因で生じた心の傷は、長きに渡って精神のみならず肉体に様々な障害を残す、といったものでね。

 例えば、戦争帰りの兵士は、平和に身をやつしても、いつまで経っても戦場で負った心の傷が治らず、不眠やパニック障害といった日常に支障をきたす症状にいつまでも悩まされ続けたりもする」


 竜宮院が先程のヒルベルトをなぞるように、探索者達へと身体を向けた。


「君達にも思い当たる節があるんじゃないかな?」


 それは優しい声音であった。


「───僕って奴はいつも勘違いされてしまうんだ」


 竜宮院は憂いを秘めた表情で呟いた。


「僕は、ここに集まった探索者のみんなを尊敬している。君達のような実力者とされる探索者達は、夢を追い求め、これまでたくさんの努力して今の地位を築き上げたのだろう」


 けれど、それだけじゃないだろ? と竜宮院は彼らに尋ねると同時に言葉を続けた。


「誇り高き戦士である君達は、決して認めやしないだろうが、君達がどれだけ傷ついても、迷宮踏破を諦めずに目指すのは、家族や仲間や隣人、ひいては国のためだ」


 僕はそれを知っている───竜宮院がのたまってみせた。


「そんな君達なら、わかってくれるはずだ。ネクスビーの怖さを、その踏破の大変さを」


 竜宮院は瞳の端に涙を滲ませた。 


「けど、それがわからない人もいるんだ……」


 彼は、消え行くような口調で「悲しいけどね」とこぼした。


「マシソン宰相───貴方がその最たる例だ。

 けど……それも仕方のないことなのかもしれないね」


 再び竜宮院が、マディソン宰相に向き直った。


「君はこんなにも立派で素晴らしい城に務め、時間が来たら豪邸に帰る。するとどうだい? 美しい妻子や使用人一同が出迎えてくれるわけだ。

 固く護られた住居には一切の危険はなく、庶民では絶対に手の届かない食事に毎日ありつき、優しくも美しい家族と触れ合い、温かい寝床で安らぎを得る───僕達が戦い血反吐を吐いている間も、君は何不自由ない平和を、ずっとずっと享受してきたんだろう?

 君にはさ……僕達探索者達の苦しみなんてわかりっこないよ」


 竜宮院の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ、彼のその瞳が星の様に煌めいて見えた。








──────

何が言いたいかと言えば

次に続きます

お許しを



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