第18話 ごめんね、パフィちゃん

◇◇◇




 国を割っても構わないと言われた。

 アルカナ王は当初は「何を冗談を」と笑い飛ばした。けれど、マディソン宰相のその目を見るや「本気なのか?」とたじろいだ。

 そこで彼もようやく気付く。この話は決して冗談のたぐいではないのだ。それどころか既に外堀は埋められ、根回しは完了しているに違いなかった。何ならマディソン宰相はこの話に、アルカナ王の意見を必要としてない。これは単なる彼に仕える者としての義務からなされた最終報告なのだ。


 マディソン宰相は王のことを共にまつりごとを盛り上げてきた良君であると認めていた一方、娘に甘過ぎることが玉に瑕であるとも感じていた。その不平は娘であるパフィ姫が、優秀であるからこそ目を瞑られていたが、もはや現在の彼女は優秀どころの話ではなかった。そうなると父娘二人は単なるバカ娘にバカ親でしかなかった。


 マディソンにしても、事態を打破するには、結局のところ、このバカ親子を何とかせねばならなかった。以前より、パフィ姫に抱いていた不平は、勇者の仕業によるものかもしれなかった。

 だから今回は、それらを加味した上で、このバカ父娘を抑え込み、その上で勇者を糾弾せねばならない。


 マディソンのアルカナ王への強硬な態度は、彼を説得するためにどうしても必要なことであったし、そこには演技ではない本気の色が確かに滲んでいた。だからこそ、アルカナ王はたじろぎもしたし、しばし考えた後、マディソン宰相の言い分をまるっと飲み込んだのだった。


 ただし、マディソンはややこしいことにならないために、アルカナ王には「勇者の数々の狼藉を処する。踏破の難しい迷宮に関しては、こちらで責任をもって何とかする」とだけ伝えた。

 王にしても無能ではなく、また長年付き合ってきたマディソンの言い分に、どうせそれだけじゃないんだろうと予想はすれど、「わかった。もうお前の好きにすればよい」と了承したのだった。




◇◇◇




「引き続き、勇者リューグーインオージ、そして勇者パーティの三人にかねてよりの疑惑の真偽を問いたい」


 アルカナ王は、マディソンに言われた通りの言葉を告げ、内心で娘に謝罪した。


『ごめんね、パフィちゃん。けどパパ、国を割るって言われちゃったから仕方なかったんだ』


 アルカナ王は知っている。

 マディソン宰相のあの目はやると言ったらやる目であった。

 実際に、不当に利益を貪った彼の政敵貴族が、一族郎党仲間協力者諸共、忽然と姿を消した話は事実なのだ。

 あのときも同じ様な眼差しをしていた。

 アルカナ王は知っている。

 別に、マディソンと対立したからといって遅れを取るとは思えないが、この場面においては、意地を張って彼と対立するリスクを冒すよりは、彼に任せた方が、国のためになるだろうと己を納得させた。


「ここからの話はマディソン宰相に任せることにする」


 話の流れに呆気に取られ、我に返ると共に声を張り上げたのはパフィだった。


「なっ!! こんな話!! 私は聞いておりません!! 今ならまだ間に合います!! 今、勇者様に無礼を働いた者は、ただちに謝罪なさいっっ!!」


 パフィの叫びには、怒りが滲んでいた。

 彼女が身内にして最高権力の象徴たる父を見た。けれど───


『パフィちゃん、ごめんね。パパあとでまた謝るからね』


 アルカナ王は心の中で再び娘に謝罪し、彼女の声に対して、聞こえないふりを決め込んだのだった。

 パフィ姫は相変わらず声を張り上げたが、その声が周囲に届くことはなかった。何やら気付いた彼女が、空間を叩いた。けれど拳が何かにぶつかった。

 大司教の一人が、パフィ姫を対象に結界を張り、彼女の予定外の動きを妨げると同時に、彼女の声をカットしたからだ。


「アルカナ王に代わりに、ここからは私が仕切らせてもらう」


 厳しい表情のマディソンが表に立った。


「さっそくであるが、勇者リューグーインオージよ。おぬしに聞く。正直に答えよ」


 彼の声には、絶対に逃さないという覚悟の色が滲んでいた。

 しかし竜宮院王子は困惑を隠せない。


「な、何でぇ……?」


 未だに動揺から抜け出せず、ようやっと声を発した。そして左右のミカ、アンジェリカ、エリスへと順に顔を向けると、目を吊り上げた。


「お前達からも何か言ってやれよ! 俺が茶番に巻き込まれてるんだぞ!」


 側に侍る三人に一頻ひとしきり喚くも、彼女達は無言を貫いた。


「何とか言ったらどうなんだ!! おい! おいッ! おいッッ!!」


 竜宮院はようやく無駄だと悟ったのか、辺りを見回し、己の仲間となる人物を探し求めた。


「なぁ! どういうことだよ! なあ! みんな! 僕達は仲間だろ! 君達からも何か言ってやってくれよ!」


 しかし、彼を擁護する者は誰もいない。


「こ、こここんなこと聞いてないぞ」


 マディソンの手には長く緩やかに巻かれた紙があった。

 

「おぬしは召喚されしばらくした後、《鏡の迷宮》の踏破を目指し、半年ほどグリンアイズにおった。これから尋ねるのはその間のことだ。おぬし、ハドソン薬師店の娘であるウェンディという少女を知っておるか?」


「えっ?」


 マディソンの質問に、竜宮院の顔から血の気が引いた。彼の顔色は紙皿のような白となった。

 

「ど、どうして今更いまさらその時期のことを……」


 彼は声だけでなく大きく肩を震わせた。


 

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