第16話 手筈は整ってる①

◇◇◇



 クラーテル教にて枢機卿の地位にいるギルバートや、アルカナ王国にて王の右腕と称される宰相マディソンは、同じ怒りを共有していた。

 彼らの抱く強烈な怒りは、勇者召喚推進派の強硬策によってアルカナ王国に召喚された勇者竜宮院王子に向けられていた。


 そもそも彼は品行方正な少年であった。しかも勇者として申し分ない能力を持ち、踏破不可とされた七つもの迷宮を攻略してみせた。

 しかしそれ以降、彼は変わった。

 それが実力に胡座をかいたものか、実績に目が眩んだのかはわからない。

 けれど彼は変わったのだ。

 彼は徹底的に他者を蔑み、ただひたすらに酒池肉林に耽った。

 当初はやむなしと静観していたマディソン達であったが、一向に改善されることのない勇者の長きに渡る身勝手な振る舞いと態度に、マディソンらの我慢はついに限界を迎えた。



 特に、マディソン宰相は、幾度となく繰り返された勇者の「未開の蛮族共」というこの世界の者を貶める言動に対し、ふつふつとした怒りを募らせていた。

 そんなときに勇者は《時の迷宮》の探索に失敗し、多くのメンバーを不要な危険に晒し、無理筋の言い訳を用いて、剣聖エリスに責任を被せて五体投地の謝罪を強要した。

 目の前で行われた常識を疑うような愚行に、マディソンの慈悲の念は完全に消え去ったのだった。


 ギルバート枢機卿は、取り返しのつかない過去を悔やんでいた。クラーテル教会のシスターが勇者竜宮院によって純潔を奪われ、身も心もボロボロにされ、自死を選ぶほどに追い詰められた。彼が全てを知ったときにはもはや手遅れであった。

 あのときの後悔が今も、彼の胸の内で、青い炎となって、静かに、けれど激しく燃え盛っている。




《刃の迷宮》を攻略した辺りか、そのあまりにも凄まじい功績によって、勇者に対する批判はどこかタブー視されている空気があった。

 さらに勇者は、教会にて強い力を持つ聖女ミカと、王族であるパフィ姫に強く信頼されて傅かれているのだ。それもやむなしであった。

 しかし、マディソンら二人は、一度決心し覚悟を決めたなら、日和って退しりぞくような中途半端な人間ではなかった。


 マディソン宰相とギルバート枢機卿が、勇者に不満を持つ者を慎重に探る中で、互いが互いを見つけるのは当然のことであった。

 こうして運命に導かれるように、国家最大の権力者であるマディソン宰相と、国内最大宗教クラーテル教の枢機卿であるギルバートが手を結んだ。




◇◇◇




 計画当初に「殺してしまおう」「もはや我慢ならん」「殺す方法や後始末を考える方がいいじゃろ」と意見したのはマディソンであった。

 しかしマディソンはそもそも勇者を好意的に見ている人物の筆頭であった。

 当初勇者召喚反対派であった彼は、元々は召喚された二人の少年に罪悪感を抱いていた。


 マディソン宰相はこの世界のことは、自分達が何とかすべきであると考えており、もっと言えば、彼は実力派とされるいくつかのクランと共に、新造最難関迷宮の攻略の計画を立てている最中であった。

 だから、それが実行に移され、攻略の過程で《願いの宝珠》が見つかった場合、少年二人が帰還を望むのなら、それを譲渡し、時を待たずに元の世界に帰そうとも検討していた。しかし、そんな情はとっくに霧散していた。


 しかしマディソン宰相の意見に対し、手を組んだギルバートは待ったを掛けた。

 彼は「死という安らぎを与えるのは早計だ」「もし最終的に殺すにしても、勇者には最大限の苦痛を与えるべきだ」と主張したのだ。


 どちらも苛烈な意見ではあったが、どちらがより厳しいことを言っているのかは一目瞭然だった。



 その後もしばらく両者の意見は平行線のままであったが、その間も被害が拡大することを懸念し、ひとまず彼らはギルバート主導の元に『箱庭計画』なる計画を実行に移すこととなった。


『箱庭計画』なるものは単純な計画であった。

 概要としては、人間の三大欲求とされる、性欲、食欲、睡眠欲のこの三つを極限まで勇者に与え、その行動を完全にコントロールしようというものだった。もちろん、そこには勇者から分不相応な財産を没収してやろうという意図もあった。


 この計画は勇者に対し効果覿面であった。

 彼はとにかく欲深く、快楽に弱く、過剰に与えられる女性や食事に対し、全く不思議に思うことなく全てを受け入れた───もとい飼育されたのだった。


 しかし大変な道程であった。

 勇者はここまでされてようやく、以前までのように、無闇矢鱈むやみやたらに行動して被害者を生み出すことも、見初みそめた女性を勇者の名を盾にしかどわかすこともなくなった。


 ただ、ギルバートの怒りはそれでは収まらない。

 彼は、自分の願った勇者の処遇を実現するべく、教会内にて密やかに賛同者を募り、着実に仲間を増やした。

 




◇◇◇




 こうなると、残された大きな問題は最終的な勇者の処遇であった。

 マディソン宰相は後腐れのない彼の死を望み、ギルバートは未だに消えぬ憤怒の感情から、勇者を死以上に苦しめることを願った。




◇◇◇



 潮目が変わる出来事が起きた。

 彼ら二人に、アノンという情報屋からのコンタクトがあった。


 一介の情報屋からの接触であれば、彼らは共に一笑に付しただろうが、相手はあの・・アノンである。

 情報屋アノンといえば、この国でそれなりの地位にいるものなら知らぬ者はおらぬほどの傑物であった。それにアノンは───




◇◇◇



 一つ、アノンに関する逸話がある。

 以前、アルカナ王国に存在する二つの闇ギルドの大規模抗争があった。争いは長らく続き、両のギルドを確実に疲弊させ続けた。それは双方の人員に大多数の被害が及び、組の存続に支障をきたすほどであった。しかし何故か彼らはそれでも互いに退くことはせず、最終的には残された人員同士の総力を注ぎ込んだ、直接的な武力争いとなった。


 また不思議なことは続いた。

 その最後の武力抗争の前日に、王国騎士団長に何者かから手紙が送られた。内容は、明日争いが起こるという旨と、またそれがどのような争いであるか、どこで何時頃に起こるか、などの詳細であった。


 これら一連の黒幕はアノンではないかとまことしやかに囁かれている。

 それが事実なら、たった一人の情報屋が、影から双方の闇ギルドを都合よく動かし、共倒れさせ、散り散りになって逃げおおせる者が出ないよう、王国騎士団すらも動かしてみせたということになる……。


 これですら、アノンの逸話の一つでしかないのだから、彼への評価は適正───どころか、過小と言ってもいいほどであった。


 アノンというのは、そういった噂の渦中の人物であったので、ギルバートは耳を傾けざるを得なかった。それが並の人間からされた話であれば、相手にするのもバカバカしいと切って捨てていただろうが、アノンからの話である。それがどれだけ誇大妄想とも思える話であっても、検討せざるを得なかった。




◇◇◇




 アノンの接触は、まずは手紙であった。

 しかも、読み終えた瞬間灰になるような術式の込められた手紙だ。

 彼らそれぞれに届いた手紙の内容は『勇者リューグーインに関して』から始まるものだった。




◇◇◇




 知性と皮肉をたっぷりに込められたその手紙の内容は、要するに以下の様であった。


【実際の勇者は無能である。

 しかし彼には隠されし二つの『正体不明の能力』があった。


 一つ目は魅了にも似た能力。

 二つ目は他人の記憶を改竄する能力。


 勇者はこれらの能力を駆使し、共に召喚されし聖騎士の少年の迷宮踏破の功績を奪い取り、さらには、己の起こした悪行の全てを聖騎士に擦り付けた。

 勇者の能力は想像以上に凶悪で、マディソン宰相を含む関係者全員の記憶を改竄していると考えられる。

 また勇者は、聖女、賢者、剣聖と恐らくはパフィ姫を魅了し記憶を改竄することで操り、自身の都合の良い駒として利用している。】




 マディソンは執務室で思わず唸った。

 アノンの話は納得出来ることがあまりにも多かった。

 まるで入れ替わったかのように豹変した聖騎士と勇者、愚かな振る舞いをする勇者に付き従う聖女ミカ達三人、そして聡明だったパフィ姫が今や見る影もない……考えれば考えるほど符号は合った。


 同様に、ギルバートも自室でこの手紙を読み、冷静な観点から、おそらくこの話は正しいのだろうと確信した。

 勇者に付き従う三人───とりわけ聖女ミカのことは、彼女が幼い頃から知っていた。清廉潔白で純粋無垢を体現したような彼女が、あの愚かな勇者を尊敬したり、市井しせいの一部で噂されているようなことをするわけがなかった。

 それこそ、何らかの『正体不明の能力』で人格を捻じ曲げられていない限りは───



 手紙には続きがあった。

 両者の手紙には、さらに以下のようなことが記載されていた。



【勇者リューグーインが召喚されてから、《刃の迷宮》を踏破するまでに、聖騎士が起こしたとされる悪行の数々と、《刃の迷宮》を踏破して以降に、勇者が起こしたとされる悪行を今一度調べて見比べてみよ】







─────

多くの方が予想されていた通りマディソン、ギルバート、アノンの三人は……



連続宣伝ですー

お手すきの方に朗報ですー

ピッコマ様にて、期間限定で本作のコミカライズが15話まで無料で一気読みできるようになってます。

ミカ、アンジェリカ、パフィめちゃハレンチですので読んでみてくださいー




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