第4話 竜宮院王子②

◇◇◇



 これは放課後の一幕。

 そろそろ日が暮れる時間帯。

 給湯室で二人の生徒が話していた。


「竜宮院いんだろ? 茶汲みくらいアイツにやらせろよな! あいつ文化祭実行委員のくせに何もしてねーんだからよぉ」


 制服の男子が言った。

 彼の名は茂手木拓哉という。


「あー、彼、さっき他に仕事があるってどこかに出て行ったからね……」


 同じクラスメイトの少女が答えた。

 少女の名を五木紗希といった。


 彼女は、制服をきちんと着こなしているタイプの学生だった。だからと言って彼女のきちんとした身嗜みだしなみは野暮ったさとは無縁で、彼女の見目麗しさに清潔感をプラスする一助となっていた。


「何の仕事だよ! アイツ忙しいときいっつもどっかに行ってていねーじゃねーか!!」


「うーん、詳しくは聞いてないんだけど……」


「アイツ! 俺達が、文化祭の準備にてんてこ舞いなときに限ってその場にいないんだよ! つーか、いないから家に帰ったのかと思えば、俺達が作業を終えるタイミングでひょっこりと顔を出して、『僕も頑張ったよ』みたいな面しやがるしよぉ! クソッ!!」


「もう、汚い言葉を使わないでよ」


 少女が茂手木拓哉を窘めた。


「けどそうね、彼、不思議なことに、学校のどこかにはいるのよね」


 胸中のもやもやを吐き出したいからか、拓哉が紗希に話を切り出した。


「ここだけの話にして欲しいんだけどよぉ」


「何々? 私そういうの好きよ」


 紗希が瞳を輝かせた。


「アイツ、卑怯なんだよな」


「卑怯?」


「ああ、卑怯。そもそもアイツさぁ、ねぎらいの言葉だけはしっかり掛けやがんだ……しかも人をちゃんと選んでよぉ」


 紗希は黙って聞いている。


「アイツに『お疲れ様』『ありがとね』『頑張ろうね』『無理しないでね』って言われただけで女子共は、頬を染めて簡単に騙されちまう。全くバカバカしいったらありゃしない!」


 拓哉はさらに続けた。


「アイツなまじっか顔だけは良いからよぉ」


 拓哉の発言に紗希は我慢出来ずに噴き出した。


「それは単なる僻みでしょ、僻みカッコ悪いよ」


 ぷぷーっと紗希が吹き出す真似をして、拓哉をからかった。


「僻みなんかじゃねぇよ!!」


 しかし、冗談は通じず、拓哉は心外だと声を張り上げた。


「ちょっと! 誰かに聞かれたらどうすんの! もっと声のボリューム落として喋ってよ」


「あ、ああ……わりい」


「結局のところ、キミが僻みじゃないって言ってもそんなことは関係ないの」


「何でだよ」


「周りがどう思うかってこと」


「どういう意味だよ」


「それはね、キミがどう言ったところで、周りが君の言葉は竜宮院くんへの僻みなんだって思ったら、それはもう僻みになっちゃうんだよ」


 悲しいことだけどね、と少女は俯いた。


「じゃあさ、周りがどうとかじゃなくてさ、お前自身はどう思ってるんだよ?」


 紗希は竜宮院と一緒に文化祭の実行委員に選ばれていた。


「あー、私に聞いちゃうんだ?」


「何でだよ、別にいいじゃねぇか」


「キミはバカだね」


「何でだよ」


「私達のクラスでそんな発言をしたら、彼を慕う子達に目を付けられちゃうよ? 言っとくけどクラスの女子のほとんどが彼のファンよ」


「それはわかってる……けどよ」


「けど、何?」


「お前は違うだろ?」


「どうして、そう思ったの?」


「ほとんどの女子がアイツの一挙手一投足にわーきゃーしてるけどよ、お前は竜宮院に対して何とも思ってないんだろ」


 何となくだけど、と男子は答えた。

 少女は彼に対して指を一つ立てた。


「言いたいことは二つ。まず一つ目。『お前』って呼ぶのはやめて」


「じゃあなんて呼べばいいんだよ」


「私の名前は、五木紗希だからね。普通なら『五木さん』と呼ぶんじゃないかしら」


「あー、じゃあ『五木』って呼ぶわ」


「構わないわ。私はキミを、「茂手木くん」って呼ぶね。


「わかった」と少年は頷いた。


「うん、それから二つ目」


 少女は、二本目の指を立てた。


「私、バカは嫌いなの」


「何だよそれ……それは少し傲慢が過ぎるんじゃねーか?」


 ううん、と少女は首を振った。


「バカにも二種類いるわ」


「二種類?」


 そう、と一つ頷いて、


「かわいいバカと、度しがたいバカよ」と呟いた。


「へぇー」


「茂手木くんは、かわいいバカ」


「ぶっは!」と少年は笑い、「俺もバカなのかよ!!」と手を叩いた。


「まあね。女子である私にこんな話を持ち掛けた時点でバカよ。けど、人として嫌いではないわね」


「嬉しかねーよ」と少年はそっぽを向いた。


「それで、竜宮院くんは度しがたいバカ」


「何でだよ」


「結局、彼は物事が自分中心に回ってると思ってるのよ───」


 とそこまで言うも「ごめん、違うわね」と紗希は言い直した。


「彼は物事の全てが自分の掌の中にあると思ってるのよ」


 拓哉は、黙って聞いていた。


「彼からは、自分が動かずとも、楽しようとも、自分が人を動かせばそれは自分の手柄になる──そう考えてることが透けて見えるのよ」


 紗希は言い切った。


「心当たりはあるでしょう?」


 同級生として生活を共にしてきた少年には心当たりしかなかった。あのときも、あのときも、あのときも───その全てが彼女の言い分に当てはまった。


「労いの言葉にしてもそう。自分に被害や損害が及ばないなら、言葉くらい安いものでしょうね」


 タダだからね、と少女は鼻を鳴らした。


「言葉ひとつで、みんな───特に女子は喜んで動いてくれる」


「それは、」


 さすがにそこまで全てを考えては、と疑問を口にしようとした少年に被せるように、


「わかっててやってるのよ」


 それくらい知っているわ。

 そう言いたげに少女は薄く笑った。




◇◇◇




 茂手木拓哉は彼女のその表情に心を奪われた。

 どうしても、彼女に近づきたかった。

 チャンスはこの場───偶然とはいえ互いに腹を割って話し合った今───を逃せばないように思われた。もちろんそれは錯覚なのだが、経験値が圧倒的に不足している彼にはそれがわからなかった。だから彼は尋ねた。


「あ、あのよ……五木はさ」


「何?」


「好きな人とかいんの?」


「急に何よ」


「いや、単なる世間話」


「ふーん」


「……だから別に大した理由があって聞いたわけじゃねーから、嫌なら言わなくていいぞ」


「いるよ」


「えっ?」


「だからいるって」


「ちょっまっ、誰? 誰が好きなん?」


「私に好きな人がいたら変?」


「いや、そうじゃなくて……このクラス? 五木の好きな人って」


「……別のクラスよ」


「誰? それ誰なん?」


「何でそんなにがっついてくんのよ」


「いや、だからそれは……ってそんなことよりお前の好きな人って誰なんか教えてくれよ! 絶対に誰にも言わねーし、何かあったときは俺が手伝ってやるから、だから教えてくれよ」


「しつこいわね……けど茂手木くん、何かあったときは手伝ってくれるのよね? なら別に言っちゃっても構わないかな」


 茂手木拓哉は彼女の答えを待った。


「私の好きな人は───」











─────────

何を見せられてるんだと思うかもしれませんが少しだけお付き合いください。

五木紗希さんはクラスのカーストから外れた位置にいて、清楚系美人で男子人気があるタイプですね。




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