第2話 勇者リューグーインと封印迷宮②

◇◇◇




「《封印迷宮》───お前は……存在してはいけない迷宮だ……」


 沸き出す怒り───穏やかな心を持つ勇者リューグーインが静かにキレた。

 彼は己の情報網の全てを駆使し《封印迷宮》を消滅させるべく情報を集めた。

 百戦錬磨の勇者である彼は、場当たり的行動を取り、《封印迷宮》に即座に突入することの無意味さを知っている。


「『彼を知り己を知れば百戦危うからず』だよ」


 勇者は言った。

 そう、まず必要なのは知ること───つまり情報なのだ。彼はそれを十分に知っている。

 さすが心技体知勇仁義礼智の全てを兼ね備えた歴代最高最強最優秀勇者リューグーインであった。




◇◇◇




 それからしばらくすると、彼の血の滲むような奮闘の甲斐もあって、『《闇祓いの宝玉》というアイテムを3つ揃え、《封印迷宮》最深部で用いること』によって、完全に本迷宮を葬り去れる事実が判明した。


 肉体精神を疲弊させながらも、何とかその情報を得た勇者は、《闇祓いの宝玉》を手に入れるべく、孤独にも一人で街を出立したのだった。


 そして───頼りになる仲間には《封印迷宮》の封印を司る宝具である《是々の剣アファマティブ》を解放するように頼み、頭を下げた。


《封印迷宮》を滅ぼすには、今一度、封印を解く必要があった。一瞬ではあるが、多くの者を危険に晒す可能性がある……心優しい彼にとってまさに苦渋の決断であった。


 しかし、それをみんなに理解してもらうことは、恐ろしく難しいことであった。



「はは、大丈夫。別に僕一人が、泥を被れば済む話だ。たったそれだけのことで、何万何十万もの民の命が救われるのなら、安いものだ」



 彼の崇高な魂に触れた聖女達三人は、自ずと涙を流した。そのときの四人の姿は、気高く、神聖な一枚の宗教画の様であった。

 




◇◇◇






 聖女達三人は《是々の剣アファマティブ》の解放後、少しでも……ほんの少しでも早く、人類の憂慮を取り除きたいと《封印迷宮》内部に突入した。



《封印迷宮》 地下七階層。


「ダメです! 切っても元に戻ってしまいます!」


 剣聖エリスの神速の剣が、ヒュージスライムを細切れに変えたが、その姿は即座に元に戻った。


「私が、食い止めますので、その間にアンジェリカさん、魔法の準備をお願いします!」


 賢者アンジェリカの顔に苦悩の色が浮かんだ。


「どの魔法を使えば、ヒュージスライムを倒せるのか……」


 エリスが身体を張って、時間を稼いでいる。

 悩む時間はない。そこへ、


「やあ、待たせたね。アンジェ、スライムは液体だ。つまり、炎系の魔法を使って蒸発させてやればいい。これは定石だよ」


「勇者様っっ!!」


「勇者様!!」


「師匠!!」


 特大のピンチに現れた彼───勇者リューグーインに、三人は歓喜の声を上げた。そこには彼不在時にあった不安など、微塵も見えなかった。彼の到着は人類の勝利への大きな一歩であった。




◇◇◇




《封印迷宮》地下二十四階層。


 勇者リューグーインに導かれるように、四人は着実に、そして確実に《封印迷宮》を攻略した。次々と現れる強敵も何のその、行く手を阻む怪物をその絆で撃破した。


 しかし、さすがは人類の仇たる《封印迷宮》というべきか、攻略がそのままスムーズに終わる、ということはなかった。


 彼らの行く手を阻んだのは、巨大な竜人ドラゴニュートであった。


「くっ! こいつ! 師匠! 刃が通りません!」


「エリス、戻りなさい! 回復します! 勇者様も!」


「ぐっ! 僕は大丈夫! 僕が彼を抑えている間に、先にみんなを回復してくれ!」


「《スーパーフレア》!!───何ですって! 炎魔法が効かない!!」


「アンジェ!! 前に出過ぎだ!! 危ない!!」


「きゃっ!! 勇者様!!」


「ははは、間一髪……だったね」


 助けられ抱きかかえられ、感極まったアンジェリカが勇者にしがみついた。


「ピンチはチャンス。リスクはあったけれど、彼の弱点が分かった」


 勇者の言葉が、三人の英雄少女達の激励となった。


「さすが、勇者様」


「あんまり無理しないでよ、貴方に何かあったら私も……」


「師匠!! この短期間で弱点を見つけるだなんて!!」


 竜宮院は、剣の切っ先を竜人ドラゴニュートへと向けた。


「エリスが切りかかったとき、アイツが首元をやけにかばっているように見えた。僕にはわかる。彼は己の核をかばっているんだ。一瞬だけど首筋が光っていた。

 あれを破壊すれば、滅ぼすことができるはずだ」


 勇者リューグーインの神域の見抜く目がキラリと光った。




◇◇◇




《封印迷宮》最終階層。


「ここに、三つの《闇祓いの宝玉》をかざせば《封印迷宮》を消し去ることが出来る───」


 彼の言葉と同時に、龍の咆哮が響いた。


「師匠! これはいったい!!」


「勇者様!! 結界を張ります!!」


「私は、攻撃魔法の準備を───」


「来るぞ!!」


「アンギャアアアーーーーーー!!」


 四人の前に現れたのは、視界を埋め尽くすほどに巨大な龍であった。


「これは、闇の龍ベノムドラゴン


 勇者の言葉に、三人が凍りついた。


「みんな、大丈夫。僕達四人なら絶対に倒せるはずだ!! そうだろ、みんな!!」


「「「はい!」」」


 みんなの心が一つになった瞬間だった。

 そして、死闘が始まった。




◇◇◇




 まさに死闘という言葉が相応しい、総力を尽くした激しい戦いであった。


 勇者リューグーインの指示の元、彼女達が、入れ替わります立ち替わり動き、龍に攻撃を浴びせては、ダメージを受け、その都度回復し、戦線に復帰したりと、四人はまるで一つの生き物かのように、動き続け、確実に龍を追い詰めた。


「ワンフォーオール!! オールフォーワン!!」


 勝機を感じ取った勇者が声を上げた。


「「「ワンフォーオール!! オールフォーワン!!」」」


 それに共鳴するかのように聖女達三人も声を上げた。


 勇者、聖女、賢者、剣聖。

 四人の英雄が手を重ねた。


「「「「ワンフォーオール!! オールフォーワン!!」」」」


 そして今度は四人で声を上げた。

 すると彼らの合わせた手から、光輝く絆ビームが放たれた。

 絆ビームが龍から放たれたブレスと衝突した。


「ぐっ!! みんな!! ここが踏ん張りどころだ!!」


「「「はい!!」」」


 この瞬間彼ら四人の心が一つとなった。



「「「「はああああぁぁぁあーーーーーー!!!」」」」



 四人が裂帛の咆哮を上げた。

 すると、衝突したビームが、ブレスを少しずつ押し戻して押し戻して押し戻して、そして、


「これがあっっ!! 僕達のぉ!! 絆の力だぁぁぁぉぁーーーー!!!」


 勇者の叫びに呼応するように、ビームは最大火力を得た。

 そして『キラキラバシュゥゥゥゥゥゥン!!』という音と共に、四人から放たれたビームが完全に龍を飲み込み、消滅させたのだった。



「やったぞ!! これは、僕達の!! そして、人類の勝利だ!!」



 誇り高き勇者リューグーインは、此度の勝利は己の勝利ではなく───人類の勝利と称した。

 そして、《封印迷宮》攻略の成功をもって、これ以降彼は、《稀代の英雄勇者》と呼ばれ、全ての国民から讃えられることになるのだった。








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