第19話 静かな日々の階段を②

○○○



 心落ち着く日々が過ぎていった。

 そんなある日のことだ。

 セナが甘味を所望した。

 それはそれは激烈に所望したのだった。


 しばし考えた俺は《絶対零度の波紋アブソルテフリーズ》を上手く用いれば、シャーベットやジェラートやアイスを作れるのでは? と思い至り、彼女に「氷菓でよろしいでしょうか?」とお伺いを立ててみた。


 けれど厳かに目を閉じ、腕を組んだ彼女は「それでは足りぬ」とばかりに頷かない。

 なら氷菓に加えて「俺の定番メニューの一つであるパイはどうでしょうか?」と再度お伺いを立てた。

 結果、セナはどこかの大組織の重鎮が如く、その重い首をとうとう縦に振ったのだった。


 セナの指令に従い、たたっとその場を離れ調理に取り掛かろうとした俺───


「待って」


 彼女から待ったが掛かった。


「それだけでは……何かが足りない」


 抽象的な注文だ。

 一番困るやつである。

 俺もすぐには動かずさらなる彼女の意見を待った。長く苦しい時間であった。


「そうね……」


 ついに彼女が重い口を開いた。

 

「今回のパイはアップルパイではなく、採れたてほやほやの新鮮な果実や木の実などの森の恵を用いたパイにしてみてはどう?」 


 彼女は「どう?」と提案しているが、実質は提案風指令である。

 俺は「あいあいさー」と了承し、二人でパイの具材採集のため森へと向かった。ってかそこからやんの?!



◯◯◯



 二手に分かれたほうが効率的だよねと提案したのは俺であった。


「わかった」


 あっさりと了承したセナ。

 待ち合わせは決めずとも一刻ほどでセナが迎えに来てくれることとなった。


 俺とセナは別行動となったがその考えは浅はかであった。


 そもそも俺には、それが食える物かどうかなど分かりはしない。採集に出て、毒かそうでないかの区別がつかない……それなのにどうして一人でイケると思ったのか? バカの極みである。そもそも隠れ山に初めて訪れた時など、まさに毒の木の実を食べて死にかけたくらいなのだ。


 採集の序盤で致命的な事実に気付くも、既にその場にセナはおらず……困った。

 仕方なくない知恵を絞ったのだった。





「これは食べれない」


 そう言いセナが俺の持ってきた実の一つを右のカゴに入れた。


「ほら、パッチテストっていうの?」


「これも毒」


 セナは手に取った実をさらに右のカゴに入れた。

 右のカゴには『毒』と書かれた紙が貼り付けられている。


「毒かどうか確かめるために、口に入れる前に肌に擦りつけてさ、かぶれるかどうか確認するアレのことだけど……」


「これも毒」


 俺の言い訳も虚しく『毒』のカゴがみるみる内に嵩を増やしいく。


「俺の肌がかぶれなかったからさ、食べても大丈夫かな? って思ったんだよな」


「これも」


「なはは、切った実の中身を肌に擦って確かめるだなんて知らなくてさ! けどさ、ほら、何ていうのかな? 成長に期待っていうの?」


「これも」


「逆に考えて、伸び代しかない? みたいな?」


「これも」


 もはや趨勢は決した。

 セナの仕分けによって俺の採集した果実のおよそほぼ全てが毒であることが判明した。

 

「イチロー、毒パイでも作るの?」


「おぅふ」


「毒が、好きなの?」


「なんでそんなこと言うの?」


 ヤマダ、泣いた!!


「ふふ」


 セナが淡く微笑んだ。


「時間はあるわ。次はわたしと一緒に行きましょう」


 こんな穏やかな日々を重ねることが出来たなら……全てを忘れられるんじゃないか、俺はふとそんなことを思った。





 パイ生地は既に準備して寝かせていたので、それほど調理に時間が掛かることはなかった。

 シャーベットにしても今回セナが採った酸味のある果物を用いて手速く作った。


 荒ぶる早く食べたいのポーズをしているセナの前に皿を置いた。複数のベリー(みたいなもの)に大量の砂糖を加えてジャム状にしたものをふんだんに用いたパイに、シャーベットを添える。セナが目を輝かせ、手を合わせると、ささっと口に放り込んだ。


「んーーーー!!」


 スプーンとフォークを握り締め、セナが舌鼓を打ち、喜色の声を上げた。


「おかわりもあるんやで」


「おかわり」


 セナが空になった皿を差し出した。


「早過ぎない!?」


 されど美味しく食べてくれることに勝る幸福はないのだ。





○○○




 満足したセナと俺。

 二人で取り留めのない話をし、多少満腹感が薄れてきた頃に、二人で戦闘訓練をすることになった。ロマンスは浜で死にました。


 しばし素手で白熱した組手を交わした俺達は、確かな疲労と共に小屋へと戻った。


「もうちょいしたら、また星でも見に行こうか」


 夕日は沈み、夜のとばりが落ちる。

 俺達は、再びあの日見た星空の元へと、足を運んだ。

 二人でその場に腰を下ろし、背中を地に着けた。

 夜になると辺りは暗闇が支配する。

 街灯なんか存在しやしない。

 けれどそれで十分だった。

 月明かりと星空が俺達を照らした。


「セナ、俺が星の名前を教えてやんよ」


「星の名前?」


「おう。ちゃんと俺を見てるんだぞ」 


「わかった」


 セナが頷いたのを確認し、俺は夜空を指差した。

 

「『アレガ』」


「……」


「ほら、黙ってないで俺に続いて復唱して」


「うん」


「『アレガ』、『デネブ』、『アルタイル』、『ベガ』」


「『アレガ』、『デネブ』、『アルタイル』、『ベガ』」


 俺の迫真の星講座に、彼女はしっかりとついてきた。しかし、彼女は何かしっくりとこないようで、俺にもたれかかると呟いた。


「イチロー、『アレガ』って何? 聴いたことはあるんだけど……思い出せない」


「あー、『アレガ』ってのはだな、飾りなんだ。けれどそいつはなくてはならないもんなんだ」


 この世界の星空は、元の世界の物とは大きく異なる。

 星座は神話に通ずる。

 歴史も違えば、伝承だって違う。

 例え、この世界の星空が地球と同じ物だったとしても、この世界で伝えられてきた星座は全くの異なるものだったに違いない。

 どれどけ似ていても、どこまでいっても、この世界と地球は交わらない。


「イチロー、あなたは───」


 セナが、言葉を躊躇ったのを感じた。

 珍しいことに、言葉に窮しているように見えた。


「俺が?」


「あなたは、悩んでいる」


 今度は、俺が言葉に詰まる番だった。


「山に戻ってから、あなたは時折つらそうな顔をする」


 悩みなら……ある。今回は悟られぬように振る舞ったのだが、どうも駄目だったみたいだ。


「あなたがつらいと、わたしもつらい」


 そんな言葉は言わせたくなかった。


「セナ、ごめん。自分の中で、未だに整理がつかないことがあるんだ。だけど、必ず近い内に、セナにもそれを伝えるから」


 心を四方八方から引っ張られるような状況に、確かに俺はいっぱいいっぱいであった。けれど、そんなものは、単なる言い訳に過ぎない。


「もう少しだけ、待ってて欲しい」


「わかってる。わたしはその気持ちだけで十分だなら。だから無理だけはしないで。イチローが、いつも頑張っていることは、わたしが一番知っている」


 やっぱりセナは、俺に甘い。

 けど、俺自身が、彼女のその優しさに甘え続けることを許せそうにない。俺は、決断する時がそこまで来ていることを、知っていた。




○○○




「愛しのセナーーーー! 愛しのムコ殿ーーーー!! 今帰ったぞーーーーーー!!」


 騒がしい声と共に、翌日センセイが帰宅した。

 俺とセナは顔を見合わせて笑いあった。




○○○




 さらにそれから十日ほど経過した。

 夕食中、セナとセンセイがぴくっと反応した。


「イチロー、ふもとに二人、誰か来たみたい。この感じは───」


 

 


 

───────

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