第2話 セナと彼女達

◇◇◇



 オーミとボルダフにて合流を果たしたアンジェリカ、オルフェリア、プルミーの三人は会話は情報の共有などの最低限必要なものに留め、それでも必要な話は歩を進めながらすることとなった。

 後方から突き刺さるどことなく恨めしげで悲哀のこもったアノンの視線を背に、四人は目的地へと急いだのだった。


 ひょいひょいと進むセンセイとオルフェリア、その後ろを平然と続くプルミーを横目に、アンジェリカは息を上がらせながらついていくのにやっとであった。


 そういった強行軍とも言えるペースで、彼女達は《連絡の宝珠》にてセンセイと連絡を取ってからたったの二時間たらずで隠れ山の麓まで辿りついた。





 そこには白い少女───セナがいた。

 険しい山を越えた先にいるとされた少女が山の麓にいることに、四人は驚いた。けれどそれ以上に彼女の圧倒的な存在感に息を呑んだ。

 センセイを除く三人が三人とも、彼女がイチローの言っていたセナだと、一瞬で理解した。少女は明らかな不調に呼吸を乱し、顔を蒼白にしていた。それでもなお、誰が見ても一目で分かる程の神々しさを放っていた。それを目の当たりにした彼女達は数瞬、言葉を忘れた。


「センセイ、待ってた」


 少女の鈴の音を転がすような声が響いた。


「セナ、もうわかっておるかもしれんがムコ殿が───」


「イチローのことは、おおよそ把握出来ている。だからわたしはここにいる」


「ならば、セナよ、これも分かっておるとは思うが、これから我らはムコ殿が別空間へと飛ばされた場所にもう一度向かう必要がある。だから我はぬしを連れに来た」


 少女の状態を慮り、センセイの表情に陰が浮かんだ。


「覚悟は、できてる」


 セナが足を踏み出した。

 その一歩一歩が重く、彼女がぐらりとバランスを崩した。


「セナッッ」


 誰よりも早くセンセイが動いた。崩れ落ちそうになった少女を抱き止めた。


「センセイ、大丈夫」


 呼吸を荒くし、セナがセンセイの手から離れた。


「イチローが、わたしを待ってる」


 絶望を経験し、長きに渡って傷を癒やしてきた少女は、全てを憎み、全てにおののき、外界と関わることを恐れて避けて生きてきた。

 そしてそれで何一つ不都合はなかった。

 気が向けば日を浴びて、気が向けば獲物を仕留め、これまでと同様に気の向くままに生きていて何も問題はなかった。


 しかし彼女にとって、既に少年は分かれがたい半身のような存在となっていた。今頃傷つき、苦難に陥っているであろう少年を想像すると、とうの昔に枯れたと思った涙が、頬を伝うのをとめられなかった。そしていても立ってもいられない激しい焦燥感に駆られるのだ。


「気持ちはわかった。ならぬしも気をしっかり持て」


 少女の気持ちにセンセイが応え、彼女の肩を支えて前に進んだ。


「あの、」


 声の主は、アンジェリカだった。

 そこで少女は、ようやく彼女達を一瞥した。

 彼女に先を促すことなく、少女はセンセイに尋ねた。


「センセイ、彼女達は、一体いったい何?」


「彼女達三人は、ムコ殿が別の空間に引きずり込まれたときに一緒におった面々じゃ。引きずり込まれる直前にムコ殿から我とセナへと言伝ことづてをもろうたそうでな。彼女達たっての願いで、我ら二人へと、直接それを伝えたいと言うからここまで連れてきた」


 それまで眼中にも入れてなかった三人へとセナが目を向けた。

 アンジェリカはもちろん、百戦錬磨のプルミーや、どんな凶悪なモンスターにも怯むことのないオルフェリアですら少女の空気に呑まれた。

 

「イチローが、貴方達二人に伝えてくれって言ってたの」


 その空気に耐えかねたアンジェリカが声を発した。



「『愛してる』って」



 アンジェリカが言い終わるや否や、センセイを含む四人は、セナから怒りのようなものを感じた。


「その言葉は、イチロー本人から聞けばいい。だからあなたの言葉は必要ないわ」


 オルフェリアが堪らずに言い返した。


「あんたさ、彼のお願いを聞いてわたし達はここまで来たわけ。

 わざわざ茶を出して労えだなんて、そんな大層なおもてなしをしろとは言わない。けど、それにしたって感謝の言葉の一つくらいもらってもいいんじゃないの?」


 腕を組んでむすっとした表情のオルフェリアと、冷酷冷静冷淡などと噂されていたにも関わらずどこかオロオロとしているプルミーを無視し、セナはセンセイに顔を向けた。


「全てのことは、わたしと、イチローと、センセイの三人で完結している。

 毎夜うなされるほどの彼の痛みや苦しみも、誰かのためにいつだって傷だらけな彼の優しさも、わたしは誰よりも知っている」


 セナの口から出た言葉にはアンジェリカは俯いた。


「わたし達の間には、誰一人として、介入する余地はない」


 セナは言葉を続けた。


「そもそも、センセイ───わたしはセンセイにも怒っている」


 センセイは黙ってセナの話の先を待った。


「彼女達の口からイチローの言葉がもたらされることが、わたしが彼を助けに行く一助になると思った?」


 セナが小首を傾げて尋ねた。

 本気の怒りであった。


「そんなものは、これからわたしがイチローを助けに行くことに、一ミリたりとも影響しない」


 少女の強い感情に対し、誰もが口をつぐんだ。


「結局のところ、これから彼を助けに行くことは、どこまで行っても、わたしとイチローとセンセイだけの話」


 



◇◇◇




 

 その日、白い少女───セナは、少年に対する親愛ゆえか、愛ゆえか、はたまたその両方ゆえか、長きに渡る己の心的な傷を乗り越えて、隠れ山を後にした。















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