第14章 アフターパレード

第1話 素数を数える

○○○



 セナへと告白し、互いに気持ちを確認し合ったその後、俺は気が抜けてしまい、休みなく数日間戦い続けた疲労が押し寄せたのか、意識を失っていた。




「知らない天井だ……」


 目が覚めると、見知らぬベッドで寝かされていた。開口一番のセリフはお約束だ。

 視界に入ったのは、ぱたぱたしゃなりと何かをしている紫の着物を着崩したセンセイの背中であった。


「セン、セイ……」


 そう一言口にすることが難しかった。


 俺の声に気付いたセンセイが、俺の顔を見てホッとした様子を見せた。


「目を覚ましたかムコ殿。良かった」


 かつて俺が隠れ山にたどり着いて、セナに面倒を掛けたときに似た身体のダルさを感じたが、何とか上体を起こしてみせた。


「センセイ、セナは、?」


 俺の質問に彼女が顔をほころばせた。


「ムコ殿、ぬしは三日間ずっと死んだように寝ておったんじゃ……にも関わらず開口一番にセナのことを尋ねるとは……ぬしもセナも何というか……」


 その言葉と表情に、セナが無事であることを悟った。


「セナは、山に帰らせた。あやつはぬしの面倒をみると最後まで猛烈にゴネておったがの」


 どうして帰らせたのかという疑問が、一瞬頭をよぎったが口にすることはなかった。俺を助けに来たときのセナの酷く憔悴した様子を思い返した。山から出ること自体が彼女にとって強烈な毒になるのだろう。


「ムコ殿の思った通りじゃ。セナは無理しておった。あのままここにおらせても、セナにも、ここに住む人達にも良くなかった……まあ、そういうわけで、セナは一人でお留守番しとる」


 センセイはセナのことに関しては口が重い。

 その理由も漠然とながら想像がついていた。 

 話を転換すべく、センセイに尋ねる。 


「ここは?」


 俺が気を失ってからの状況を知る必要があった。

 

「ここは、ボルダフギルドの一室じゃ」


 三つ首龍と対峙したあの平原を最後に俺の記憶はない。

 あれから何があったのか質問すると、センセイが教えてくれた。


「あのときのぬしはいつ死んでもおかしくなかった」


 何となくそうだろうなとは思っていた。


ぬしが気を失うことで、光魔法が強制的に解除された。想像してみい。どうなったかわかるじゃろ? あの場所で我は年甲斐もなく、悲鳴をあげたもんじゃ」


 少なくとも四肢を失い、胴体も真っ二つに掻っ捌かれていたのだ。それが解除されたとなると考えただけでゾッとした。

 そんな危機的状況から助けてくれたセンセイに心の中で手を合わせた。


「それに血液や細胞の代わりに創られた光魔法が体内でぬしの生身の身体に侵食し同化し始めていた」


「え、と、それって───」


「うむ、かなり深刻な状況だの。症状が進めば、ぬしの身体は精霊や式神といった霊的存在と同じようになり、ムコ殿は物質のくびきから解き放たれた存在になっておった。要するに人間をやめるところだった、ということじゃな。だから戦闘がもっと長い時間続いておったら、と考えたら……我もセナも肝を冷やしたもんじゃ」


 けれど《遍く生を厭う者アイニカ》を前に俺の取れる手段はそう多くはなかった。何度あの場面をやり直したとしても、遅かれ早かれ、俺は自身の身体の欠損を光魔法で補うという、今回と同じ選択肢を選ぶだろう。


「すまなんだ」


「えっ?」


「ムコ殿ばかり危険な目に合わせてしもうて」


 センセイが眉を下げた。


「我がいたのに、このような事態を招いてしもうた。我の力不足で……いや、違うか。我にはあの状況を打開するすべがあった。なりふり構わずに我がことに当たっとればムコ殿はこんな目には───」


「やめてください」


 センセイの手を掴んだ。どこかひんやりとしたか細い手だった。


「俺が自分で決めて、自分で選んだ道です。センセイには感謝こそすれ、謝られる理由がありません。それでも謝るというのなら、それこそが俺への侮辱だ」


「ムコ殿……」


 セナもセンセイも俺には全てを教えてはくれていない。けれどそれには何かの理由があるはずなのだ。今回センセイが力を温存したことにも間違いなく理由がある。


「センセイ、謝るよりも褒めてくださいよ。いつもみたいに『よくやった』って。俺はその方が嬉しいです」


 がばり、とセンセイがベッドの俺を抱き締めた。位置的に俺の頭部がセンセイの豊かなアレに埋まる形になった。


「そう、じゃな」


 センセイの込めた力がさらに強くなり、顔面に彼女の胸の張りとやわらかさをさらに強く感じた。

 けど、だから何だというのだ?

 そもそもセンセイは家族であり、俺達の保護者であり、義理の母の様なものだ。

 誓ってもいい。俺にはよこしまな気持ちなど微塵もなかったのだ。嘘じゃないのだ。本当なのだ。信じて欲しいのだ。


「ムコ殿、よくやった。ぬしのお陰で、犠牲になったもんは一人もおらん。これを奇跡と言わずして何を奇跡と言おうか、って、うん? ムコ殿、どうして数を数えておるのか?」


「数? はて、89、何のことですか97センセイ。101」


「それじゃよそれ! ムコ殿何をとぼけて……」


 そこでセンセイは合点がいったのか「ははーん」と呟いた。

 俺の態度が変だった理由に勘づいたのか、即座にイタズラ猫の様な表情を浮かべた。


「何だ、ムコ殿。もしかして我に触れて照れておるのか?」


 さらに彼女は顔を近づけて「ん? ん? 恥ずかしかったのかのう?」「そんな照れずともよい、い奴い奴」「くふふ。胸が少し当たっておっただけじゃろ」と俺をからかった。


 トゥーピュアピュアボーイ(成人済み)の俺は、国民的ロボットアニメの主人公のライバル専用機みたく真っ赤になっていることを自覚した。もはや俺は「照れてないっす」「照れてないっすよ」「恥ずかしくないっす」「恥ずかしくないっすよ」を連呼するだけの存在に成り果てたのであった。


 だって仕方ないじゃないか!!

 柔らかいし!! 温かいし!! 何かいい匂いするし!!

 みんなならわかるだろ?! だからもう許してくれよ!


「まったくもってい奴じゃ。恥ずかしがらんでええ。我はぬしの保護者のようなもんじゃし、我からすればぬしの年頃の男子おのこはまだまだ子供と変わらん」


「うう……シテ……コロ……シテ」


 顔を両手で隠した俺の頭をセンセイが撫でた。


「戻ってきてくれてありがとう、ムコ殿。

 我は、ムコ殿が帰ってきてくれて本当に嬉しかったよ」


 彼女の手つきはどこまでも優しかった。


「さて、我からのねぎらいはこれくらいにして───」


 センセイは、どこか困ったような表情を浮かべた。


「少しだけ、相談があるんじゃが……」


「何ですか、藪から棒」


「セナがのぅ」


 しょんぼりしたセンセイは新鮮で可愛かったが、それは言わぬが花だろう。


「セナがどうしたんです?」


「我に、怒っておる。それも非常に激しく」


 セナが、センセイに怒ったのを見たことがなかった。

 抱きまくらにされたり、髪の毛をいじられてドレッドにされたり、タカイタカイされて上空に投げられたときも、セナは嬉しそうにしていたのに……何故。


「一体、何したんですか?」


 俺はセンセイに尋ねたのだった。





────────────

新章の始まりです

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作者めっちゃ喜びますので!

それではよろしくお願いします!


それから限定ノートにて宰相さんの文字化けを直したものを載せておりますので、そちらもよろしくお願いします。







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