第38話 続 聖騎士 vs《遍く生を厭う者》②

○○○




 とにかく《遍く生を厭う者アイニカ》は執拗であった。

 予想通りとは言え、何度消滅させてもその都度完全復活を果たし、それはもううんざりするくらいに俺の命を狙い続けた。


 それに相対する俺は、式符セナのお陰で、魔力量の制限から解き放たれたが、だからといって目の前の《遍く生を厭う者アイニカ》との戦いが楽勝になったかというとそんなことは全くなかった。


超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》は魔力消費に身体の負担や、クールタイムがあるため、どこまで続くかもわからない今回の戦いでは極力使用を控えた。


 その代わりとなる主な戦術は、常時 《瞬動アウトバーン》による思考加速を行い、《遍く生を厭う者アイニカ》の速く重い攻撃を認識し、その対処に《瞬動アウトバーン》を腕や足に重ね掛けするといったものであった。


 もちろん《瞬動アウトバーン》もノーリスクで使えるわけではない。疲労だってあるし、《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》ほどではないが、脳に常時掛け続けるとは言え、息継ぎと同じで、どこかでわずかではあるがクールタイムを取らないといけなかった。

 



 いつ脱出できるかわからない《遍く生を厭う者アイニカ》との戦闘での大きな不安要素は三つ───水、食料、回復薬の残りであった。

 時間の経過に伴い、この三点の内で最も消費が激しかったのはポーションであった。


 相手はこれまでに戦ってきたモンスターの中でも最強の屍人だ。無傷で乗り切ることなどできるわけがない。 

 だから《瞬動アウトバーン》の使用や激しい戦闘から生じた疲労はギリギリまで我慢し続け、戦いにはっきりとした支障が出そうな傷を負ったタイミングでのみポーションを摂取することにした。


 ただ、いくら節約したとしてもポーションの消費量が増えるのは仕方のないことであった。



 そして二日と半日が経過した頃。


 ───あれだけ備蓄していたポーションの七割が失なわれた。


 ポーションを使い果たすことは即ち死と同義である。このままでは……という不安が頭をもたげた。

 今でさえ、俺と《遍く生を厭う者アイニカ》の戦いはギリギリ釣り合った天秤の傾きであるのに、何か一つの切っ掛けがあれば戦況は急激に傾くことは必至であった。


 俺が戦闘で工夫しているように、前回の《廻天屍人リバースデッド》戦同様に《遍く生を厭う者アイニカ》も復活するたびに何らかの強みを得ていた。

 それは微々たるものではあるが、決して無視できるものではなかった。


「またかよっ!!」


 目の前の化物ばけものが俺の《光時雨レイン》の弾幕をものともせず飛び込んできた。

 ついに目に見えてわかるほどの光魔法耐性を得た瞬間であった。


「何度やっても同じだッッ! 脆弱な人間よッッ!!」


 振り下ろされるノコギリ状の大剣を加速して弾き、返す刀で一刀の元に切り裂いてみせた。


「《光収束コンデンサ》」


 広範囲攻撃に特化する代わりに威力を分散させた《光時雨レイン》と異なり、名前の通りに威力を収束させた《光収束コンデンサ》を叩き込んだ。すると《遍く生を厭う者アイニカ》はジュワワァとその姿を消滅させた。


 もはや《光時雨レイン》程度の光魔法であればほぼ無効にされてしまう。

 なら、それならば───俺の光魔法はいつまで通じるのか。

 かつて《不死の迷宮》で味わった恐怖心が、俺の心の中に再度芽吹いたのを確かに感じた。




 そこから、さらに六時間が経過した。

 相手が光魔法の耐性を持ったのは、有効だからと使い過ぎたからかもしれないと考え、《廻天屍人リバースデッド》戦とは違い、俺はその使用をここぞというときのために控えることにした。すると今度は、


「だッッ!!───」


瞬動アウトバーン》によって加速された剣が《遍く生を厭う者アイニカ》の体内に食い込むも、ついに一刀で切り裂くことが困難となった。


「───しゃあッッ!!」


 脚と腕を《瞬動アウトバーン》で加速し───連動───軸足をくるりと逆方向に回転させ、先程刃を入れた箇所の逆側から一太刀浴びせた。


「ぐおッッ!!」


遍く生を厭う者アイニカ》が呻いたが構わずにそのまま両断し、幾度目になるか、加速した剣で細切れへと姿を変えてやった。


「これだっていつまで使えるか───」


 続きを言葉には出来なかった。

 言葉にしたらきっと俺は───





○○○




 そしてそこからさらに六時間ほどが経過した。

 俺と《遍く生を厭う者アイニカ》との戦いは三日目に突入していた。

 そもそも《遍く生を厭う者アイニカ》はとんでもなく硬くて、馬鹿みたいに速くて、嘘みたいに重い攻撃を放つ。さらに光魔法耐性を持ち、何度も蘇り、蘇るたびに成長するというこれまでに戦ってきた中でも一番凶悪なモンスターであった。


 俺は忘れていた。

 彼だって、俺が光魔法で弾幕を張ったように、闇魔法で───


「ッッ───」


 それまで、肉弾戦主体であった彼がついには、闇魔法をバカスカと使い始めた。今回にいたってはいわゆるグミ撃ちというやつを仕掛けてきた。

 加速した脚で床を蹴り、その全てを避け、それでも避けられないものはグラムで切り裂いた───直後、


「ぐうぅッッ!!」


 弾幕の陰から、大剣が煌めいた。

遍く生を厭う者アイニカ》の一振りだ。俺の左腕は切り飛ばされ、追い撃ちの闇魔法で完全に消滅させられた。


「人間とは何と不自由なことか」


遍く生を厭う者アイニカ》がしたり顔で両手を広げて高らかに叫んだ。


「腕を一本無くしたくらいで大騒ぎだ。全く見るに耐えん。腕が無くなったのなら───」


 彼が自分の腕を大剣で切り離し蹴り飛ばした。そして、


「───やせばいい」


 そう宣ってみせた。

 切断面から黒いうにょうにょがいくつも伸びて絡まり合い、すぐさま何事もなかったかのように腕が戻った。


「ほら、簡単なことだろ?」


 左腕を失った苦痛を噛み殺しながら、彼の煽りを聞いた。

 

 

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