第8話 Never Bend( vs 超龍)②

○○○




 細切れになった《三つ首の地龍トライヘッドドラゴン》の残骸は、まるで時を巻き戻すかのようにその場に集合し、ぐにょりぐにょりとスライムのような挙動を数度繰り返すと、傷一つない三つ首龍の姿へと回帰したのだった。


 恐らくこうなるんじゃないか、とは一度目に切断した身体が元に戻った段階でプルミーも予想していた。

 ただでさえ厄介であった三つ首龍は、物理的な破壊を無効化するといった液体的な特徴を備えたオーバースペックの怪物となっていた。

 言うなれば眼前の龍は、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》とでも呼べる、完全なる新種のモンスターであった。


「そろそろか───」


 彼女の呟きとほぼ同時に、後方から上級魔法が一つ、それに続いて、二つ三つ四つと次々と放たれた。

 人格に問題はあれど、さすがは今回の人員に選ばれただけのことはある。彼らの申し分ない威力の魔法が、途切れることなく降り注いだ。


「やったかッッ!!」「やったわッッ!!」「やりましたわッッ!!」「やってやったぜ!!」「やってやったどん!」「やってやったばい!!」「やってやったなり」などといった声が背後から聞こえた。元より、これで倒せたとは思っていないプルミーはさらなる不安を覚えた。


 様々な上級魔法によって発生した爆煙が晴れた───


「グゥルルルルルルルルルルルオオオオオォォォ!!」


 そこには予想通り無傷の龍が───怒りの雄叫びを上げた。大気を揺るがすようなそれは、こちらの人員の志気を挫くには十分な威力であった。


狼狽うろたえるなッッ!! 相手同様に、こちらにもまだ被害は出ていないッッ!! やりようならいくらでもあるッッ!!」


三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が尾をしならせ、地に何度も叩きつけた。強烈。土が散弾のように飛び散りパーティを襲った。


「【護れ───】」


 彼女の声にならい空中に多数配置された《葬送の機雷グレイブマイン》───蒼いほのおの球体の内のいくつかが彼女の前方へと展開され、全ての石礫を見事に焼き尽くした。


 後衛では、戦闘のセオリーとして盾職がしっかりと魔法使いや回復職達を護っていたので、無傷であった───と安心した瞬間、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》は、恐らく土魔法を発動しているからだろう、まるで豆腐に箸を刺すかのような軽さで地面へと両の前足を突っ込んだ。持ち上げられたその手には大量の土塊が載せられていた。


「シールダー何か来るッッ!! 何としてでも護り切れッッ!! ヒーラーッッ!! 魔力切れの者は一刻も速く薬を飲めッッ!! 来るぞッッ!!」


 後方を確認する時間はもうない。


「【増幅器発動アクティベイシオンッッ!!】」


 指輪の砕ける音と共に、プルミーはさらに多くの───辺りの空間を埋め尽くすような《葬送の機雷グレイブマイン》を呼び出した。


「グゥルウウウウウウウアアアアァァァァァァ!!!」


 速度勝負───呼応するように《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の手の中の土くれは、既に巨大な円錐へと姿を変えている。


「お前達ッッ!! ここが正念場だッッ!! 歯を食いしばれッッ!!」


 彼女は背後のメンバーを鼓舞すると《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》に先んじて、大量の《葬送の機雷グレイブマイン》を土の円錐へと放った。


「チッッ!!」


 しかし相手は、プルミーの予想を超えていた。巨大な土でできた円錐は、『ドギュッッ!!』とまるでロケットが発射されたような音を残し、龍の手から高速射出された。


 大量に放ったプルミーの蒼いほのおが───ドドドドドドッッ!! と小爆発を起こしながらその巨大な円錐の体積を、削って削って削り取った───しかし、それでも半分ほどが残った土の円錐の勢いは、完全に殺し切ることができず───プルミーは咄嗟とっさに人造魔剣イミテイションゴールドを抜き、


「アアアアッッッ!!!」


 裂帛の気合と共に投擲した。

 黄金の刀身を持つ魔剣はトップスピードのまま土の円錐へと突き刺さり───爆発───ガラガラという岩の崩れ落ちる音を残し───貫通───さらにはその先の《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》へと突き刺さった───瞬間、


「【開放リリースッッ!!】」


 彼女の声に従って最大級の魔力爆発が起きた。後方から、叫び声が聞こえた。爆発の衝撃は生半可なものではなく、その際に飛び散った礫は殺傷能力を十分に残していた。


「ケガは治せッッ!! 魔力を切らせるなッッ!!」


 プルミーは魔力をどこまでも蓄えるというイミテイションゴールドの性質を利用して、一気に解き放つことで魔力爆発を起こした。

 斬撃による分割は無効、上級魔法によるリンチも無効、ならばということで用いられたのは、人造魔剣を使い捨てることで発生させた魔力爆発であった。


 しかし、


「ギャリリリリリリィィィィィルゥアアアアァァァ!!!」


 多少はダメージがあったのか、ぷすぷすと煙を発しながら、それでも五体満足で《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が姿を現した。


 取れる対策が一つずつ削られていく───


「くそったれッッ! ならッッ!!」


 まだ対処法はある!!


「《葬送の機雷グレイブマイン》ッッッ!! ッッけぇぇぇぇぇッッ!!」


 まだまだ残されていた蒼いほのおが、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》へと放たれた。

三つ首の液体龍リクイドドラゴン》に攻撃をさせてはいけなかった。一撃が、たったの一撃が非常に強力で、対処を少しでもミスると致命傷になり得る攻撃であった。

 

「引き続き私が足止めするッッ!! シールダーとヒーラーは不測の事態に備えろッッ!! 魔法使いは私の合図に合わせて各々の持てる最高の魔法を叩き込めッッ!!」


 彼女は足止めすると言った。

 それはまさにこれから行う一斉攻撃に加わり、足止めすらもしてみせるという宣告であった。


 決死の覚悟で相対するプルミー達を嘲笑うかのように《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が直接的に地面の染みにせんと、距離を縮めようと足を踏み出した───直後、


「【着火イグニッション】」


 プルミーが唱えた。


 バガァン!! 大量に配置された蒼いほのおの一つが爆発した。それに軽くたたらを踏んだ《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》は一つのほのおに接触し爆発を起こした。すると、体勢を崩し《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》がよれた先に───さらに二つの蒼いほのおが配置されており───ババガァン!! と再び爆発を起こした。

 余裕から一転、怒りに支配された《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が首を持ち上げた───その先にまたもや一つの蒼いほのおがあり───バガァン!! と爆発し、さらによれた先で───バガァン!! と別の首が爆発に巻き込まれた。


 プルミーによる《葬送の機雷グレイブマイン》の配置と操作は絶妙なものであった。《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》が動く先々に配置された、蒼いほのおが一呼吸ほどの時間ごとに、何度も何度も、何度も何度も何度も、爆発し続けた。

 

 彼女の時間稼ぎ───それは延々尽きることなく起こり続け《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の行動を完全拘束し得る《葬送の機雷グレイブマイン》による多重爆発であった。


 小さき者になぶられた《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》は本能からかプライドからか、喉から絶叫を迸らせ───その弾みに《葬送の機雷グレイブマイン》と再度接触し、爆発を起こした。


「知能のないケダモノがッッ」


 周囲には《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の魔力を多分に含んだ、身体を構成する液体が飛び散っている。

 プルミーは残る二本の《イミテイションゴールド》にそれらを塗り込めたのちに、手心を加えて投擲した。二本の人造魔剣は絶妙に貫通することも、排出されることもなく、《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の体内に残った。《三つ首の液体龍リクイドドラゴン》の身体が投擲されたそれを自己認識するかは賭けであった。

 つまり彼女は賭けに───



「【プロヴォーク】」



 彼女の呼び掛けに従い、《魔剣ニーズヘッグ》が光輝き、一張の弓へと姿を変えた。

多重魔力変換型穿光弓形態グラトニーギレアード》───それこそが《魔剣ニーズヘッグ》の本形態の呼び名であった。


 彼女の背丈を遥かに超えるそれは、『弓』というよりは、かつて攻城兵器として用いられた『バリスタ』に近かった。さらに言うと、そのフォルムは近未来的機械的であり、またどこか超常の魔術を思わせるという、相異なる二つを内包し───その姿は、見る者全てに息を飲ませた。


 プルミーによって水平に構えられたそれは、ジジジジジジジジという強烈な魔力の迸りと魔力駆動音を立てて、敵を一撃で仕留めんと、彼女の合図を今か今かと待った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る