第17話 断つ

○○○




「ムコ殿」


 手をきつく掴まれた。

 センセイだった。俺の手には《願いの宝珠》が握られていた。


「ムコ殿、気持ちは痛いほどわかる。我もぬしやセナが同じような目に合い、同じような状況となれば、ぬしと同じことをするじゃろう」


「それなら!!」


 彼女は俺の目を見て首を振った。


それ・・はムコ殿の命にも等しい宝。ここで、それは用いるべきではない。わかるじゃろ?」


「だけどミカが───」


「当代の聖女ミカのことは、我に任せよ」


「え?」


「『え?』とはなんじゃ。我に任せろと言うておろう」


 それって───


「我が何とかしてやる。お人好しのムコ殿の心が曇らぬように、我が目の前にある憂いを取り除いてやろう」


「センセイ!!」


 衝動的にセンセイを抱きしめた俺。

 彼女は、しばらく黙って子供をあやすかのように俺の背を叩き続けた。やがて、


「も、もうそろそろ良いじゃろ……というか、ぬしにも行かねばならぬ所があるのだろ?」


 センセイは顔を背けてぐいと俺を離した。

 彼女の言う通りであった。《封印迷宮》がこれで終わったとは到底思えなかった。ならばこそ、俺の予感は当たっているのかもしれない。


「センセイ、今回の《封印迷宮》には四体のボスモンスターが存在した。そのどれもが、俺達が実際に相対したモンスターだ」


 彼女は、一つ頷いて話を促した。


「不思議なことに、《水晶のヒトガタ》はミカといるときに、《天使》はアンジェリカといるときに、そして《業無しノースキル》はエリスといるときに戦ったモンスターだ。 

 これはもう偶然なんかでは済ませられない」


「して、ぬしはどう考える?」


 センセイが、俺に問い掛けた。


「《封印迷宮》は俺達の心を覗いている」


 俺の考えに間違いはないはずだ。


「確かにセンセイは言ったんだ。かつて《封印迷宮》が現れた時期に疫病飢饉えきびょうききんが流行り、多くの死者が出たって。それだけじゃない。《封印迷宮》の近くに墓地があったとも」


 そこまで言ったところでセンセイは気づいたようだった。


「死が蔓延り、民が恐怖を覚えた。その感情を《封印迷宮》は理解していたんだ。だから《封印迷宮》から産み出されたモンスターは屍人グールや骨戦士だったんだ」


「なるほどの。だから今回も同様のことが起きたと?」


「そう。今回封印迷宮は、彼女達の恐怖心を元にボスモンスターを産み出したんですよ」


 そう考えると辻褄が合うのだ。

 少なくとも、ミカは《水晶のヒトガタ》、アンジェリカは《天使》、エリスは《龍骨剣士》に対し恐怖心を抱いていたか、もしくは脅威を感じていた。


「なるほどのう。おそらくその予想は正しいじゃろう」


 そこでセンセイが何かに気づいたように、俺に尋ねた。


「なら、ならばムコ殿は何に対して恐怖を抱いておったんじゃ?」


 彼女の質問に、思わず息を呑んだ。

 全くの盲点であった。


 俺はいったい何に対して───


「いや、いい。お喋りはここまでにしよう」


 確かにその通りだ。

 行き先は既にセンセイに告げていた。


《封印迷宮》はまだ終わっていない。

 正確には、ここにあった《封印迷宮》からは迷宮特有の禍々しさは完全に霧散したものの、バーチャスやアロガンスでは激戦が繰り広げられているはずなのだ。


「それじゃあセンセイ! 行ってきます!」


 俺がセンセイに告げた、その時、


「私も行くわ」


 声を上げたのはアンジェリカであった。




○○○




 アンジェリカの声に一つ遅れて、アシュも立ち上がった。


「ロウくん、まだ終わってないんだろ? 私も同行しよう。心友である君を一人で行かせるわけにはいかない」


 二人を見やるが到底戦える状態ではなかった。

 彼女達二人からは顕著な魔力欠乏の症状が見えた。二人揃って顔色は白く、低体温時のように唇が紫色に変色していた。特にアシュの方は、立っているのが不思議なほどに衰弱している。


「今の二人を連れては行けない。ここから先はこれまで以上の危険が待ち受けてるはずなんだ」


「けどっ!」


 声を荒らげたのはアンジェリカだった。

 そこで、状況を静観していたセンセイが二人に視線を向け、おもむろに口を開いた。


「アシュ、わかっとるじゃろ? もう休め」


 彼女がそう言いアシュを正面から抱きしめると、アシュの身体から力が抜け、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「こやつも、我がここでしっかりと見ておる。主はアンジェリカと言ったの? 本当にスカーレットそっくりじゃ。ぬしともたくさん話をしたいんじゃが、時間がそれを許さん」


 センセイがアンジェリカへと手をかざした。

 すると、これまで俺が何度もお世話になったセンセイの回復魔法がアンジェリカを包み込んだ。魔力欠乏の症状が色濃く出ていたアンジェリカの白い頬に赤が差した。


「イチローのことを頼む」


 センセイがアンジェリカへと頭を下げた。


「言われずとも。ミカのためにも。そして、私自身の身に何が起こっているのか知るためにも」


 彼女の言葉からは、竜宮院の側にいたときのような思慮の欠けた軽薄さを感じなかった。それどころかある種の力強さがあった。


 何より───彼女はミカのためだと言った。


 友のためならどこまでも怒れる女───それこそがかつてのアンジェリカだった。


「アンジェリカ。嫌かもしれんけど、ガマンしてくれ」


 もちろん返事は聞いてない。


「え、何? 何なの? 何なの?」


 彼女の半ばパニクった問い掛けを黙殺し、俺は彼女の腰を担ぎ肩に乗せた。いわゆるお米様抱っこというやつである。


「センセイ! 改めて! 行ってきます!」


 手を振るセンセイを背に、俺はジタバタと暴れるアンジェリカを米俵よろしく肩に抱えたままその場を離れたのだった。


 









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本日コミカライズの最新話の無料開放日です。

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それからですが、

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電子版からしばし遅れますが、どちらも紙で発売されます。よろしくお願いします。


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