第24話 ごめんなさい
○○○
俺に覆いかぶさるように泣いていたエリス。
まるで迷子の幼子が親を見つけたときのような泣き方であった。
「エリス、おかえり」
彼女へと掛けるべき言葉はするりと出てきた。
「だ、だだいば、です」
ちゃんと言えてないのは愛嬌だろう。
「もう泣くなし。あー顔もぐちゃぐちゃだよ。こんなに泣いたら目元も腫れるぞ」
さすがに女の子の顔を探索で汚れたシャツや袖で拭くのは躊躇われたので、マジックバッグから布を取り出してそいつで彼女の顔を拭いてやった。多少荒々しい手つきになってしまったがそれも愛嬌だと思って欲しい。
色々とあったが、俺と彼女は、まさに今ここでようやく、真に再会を果たした。彼女の重さと温もりを感じながら俺はそう実感したのだった。
「ずっと……ずっと
腰をつけた俺の胸元にすっぽりと収まった彼女が、俺の背中に手を回した。
「どこにも、ない、貴方の姿を───」
彼女の声は相も変わらず濡れている。
「ずっとずっと、求めて、いました」
ひっくひっくと喉を鳴らしながら、それでもエリスは、何かを確かめるように、
「目の前が、晴れたようです」
噛みしめるように、
「私は、寝ても覚めても悪夢の中にいました。どれだけ貴方の背中を探そうとも、貴方はいなかった」
言葉を続けた。
「貴方の剣に、貴方の姿に、貴方の声に、貴方の温もりに───」
彼女が、頭を振りさらに俺の胸に涙で汚れた顔を擦り付けた。
「いえ、違いますね───」
と口にした瞬間、彼女は「違いますってのは、違うってことじゃなくて───」とあたふたと慌てた。
「大丈夫。俺は全部聞くから、ゆっくりと話してくれ」
俺の言葉にエリスが「うー」と胸に顔を埋めた。その数秒の後、彼女が、顔を上げた。
「剣や、姿や、声や、温もりは貴方の一部に過ぎません……」
汗と涙でドロドロになった顔で、俺の瞳を射抜いた。
「私は貴方に、想い焦がれていました」
あの日のエリスだった。
彼女が俺を抱き締める力が強くなった。
俺達はこれからさらに下層へと向かわないといけない。その道中で彼女と話さなければならないことはたくさんある。
───そう思っていた矢先のことだ。
彼女が何かを堪える様に頭を押さえた。
「ずっと、師匠の隣に……いたいです」
けれど、彼女の表情からは───
「ずっと貴方の隣にいたかった」
急激に色が失われ───
「なのにどうしてこんなことに」
「エリス?」
彼女が何かに
「ごめん、なさい」
エリスが謝罪の言葉を発した。
「独りに、させて、しまって───」
彼女の瞳は俺へと向けられているものの、ここではないどこかを見ていた。
「ごめんなさい……師匠ごめんなさい」
エリスは何度も繰り返した。
何度も何度も繰り返した。
そして、急に糸の切れた人形の様に彼女の全身から力が抜けたのを感じた。
「エリス……!!」
俺の言葉を耳にして、彼女がいっそう涙を流した。
「どうしたんだエリス……俺は大丈夫だから!!」
それでもエリスは謝罪の言葉を幾度となく繰り返した。俺は少しでも落ち着かせるために彼女の背中を、ぽんぽんと何度も優しく叩いた。
○○○
軽いなと思った。
ある一瞬を境にすとんと動かなくなったエリス。彼女は意識を失っていた。脈や呼吸は正常なので無事だとは思うが、俺は彼女をおぶって先に進むことにした。
実際に今は《封印迷宮》攻略の最中であったし、先に進んだ所で、センセイやミカと合流できれば、エリスの症状を診てもらえるだろう。
とはいえ、背中からすー、すー、という寝息が聞こえた。これはただ寝てるだけという可能性が高いのか?
「全然大丈夫じゃねーよ」
背中から伝わる彼女の重さは装備や小柄であることを考慮したとしてもあまりにも軽すぎた。
かつて俺といたエリスは誰から見ても健康優良少女であった。けれど今俺の背中にいる彼女は到底そうだとは思えない。
先程、俺が作った飯を食べているときの光景が自然と思い起こされた。
アシュが皿を持っていくまでは、持参した食料を手にすれども、全く食が進んでいるようには見えなかった。
血管の浮き出てる白い肌も、背中の軽さも何もかもが彼女には相応しくないのだ。
過去に何があったとしても、俺はそんなもん見たくないのだ。
「バカヤローがよ」
これは───竜宮院のせいか?
「許せねーよ」
俺に関する記憶云々が、という話は置いといたとしても、竜宮院は同行する仲間がここまで憔悴していても、ずっと放置していた。ならなおさら───
「許してたまるもんか」
絶対にアイツには───これまでの報いを受けさせる。
○○○
俺は、背中にエリスを抱えたまま、荒野のフロアを
「ええいままよ!」
ある種、ダイビングするときにも似た気持ちで階段を降りていくも、視界は非常に悪かった。
「降下中に敵が出るのだけはやめてくれよ……本当に」
俺は心の中で願いながら降り続けた。
幸い俺の心配が的中することはなく、しばらく歩くとやっとこさ視界が開けてきたのであった。
そうして、気がつくと───
「あり?」
辿り着いた場所は《封印迷宮》の入口である、封印の祠のあった洞窟前であった。
「って! 何で!? これ何で!?」
混乱の極みにあった俺。
それも仕方のないことであった。
せっかくボスを何体も倒した挙げ句、かなりの距離を歩かされたのに、全ては徒労となり、振り出しに戻されたのだ。これまでに難関迷宮を踏破してきた俺からすると感覚でわかる。
《封印迷宮》はまだまだ健在だ。
それならやっぱりやり直し?!
あたふたしてた俺は、視線を落とした先に───
「センセイ───!? じゃあ他の三人は!!」
◇◇◇
時は少し遡る。
ちょうどそれは、山田一郎が別空間にて、エリス・グラディウスと行動を共にすることになった頃のことであった。
聖女ミカはその景色に見覚えがあった。
月と星空が
「やっぱり、ここって……」
隣にいたアンジェリカが呟いた。
聖女ミカは己の予想が当たっていたことに一瞬ホッとし、すぐさま絶望的な現状に思いを馳せたのだった。
「
彼女へと尋ねたのは聖騎士アシュリー・ノーブルであった。
「ここは《刃の迷宮》のボスフロアに───って貴女、聖騎士アシュリーじゃない」
当然ながらアンジェリカ同様、聖女ミカもすぐ隣にアシュリーがいたことに驚いた。そしてすぐさま何かに気付いたように辺りを見回し、他のメンバーを探した。
彼女が探したのは仲間であるエリスはもちろん、聖騎士イチローとセンセイと呼ばれていた女性であった。
彼ら二人の《封印迷宮》に潜ってからの戦績を見る限り、破格の戦力になることは既に疑いようのない事実であった。
「聖騎士アシュリー、
提案したのは聖女ミカであった。彼女の額には焦燥に駆られた者特有の玉のような汗が浮かんでいた。
「ふむ、まさか貴女から提案してくれるとは」
「その返事、了承ということでいいのね?」
どこか急くようにアンジェリカがアシュリーに問うた。
「もちろん。元々私は、合流するまでと言わず、踏破は力を合わせるべきだと考えていた。それにしても君達、何をそんなに───」
焦っているんだい? とは言えなかった。
「この音が聞こえないの?!」
アシュリーが尋ね終わる前にアンジェリカが半ば悲鳴を上げるように言葉を被せたからであった。
───ぶぉんぶぉんぶぉん
恐怖の象徴たる宝剣の鳴動が大気を震わせた。
─────────
電子版コミックス1巻が7/16(火)に発売します。
秋頃には紙版が1巻2巻で同時発売することも決まりました。
この機会にコミカライズ版もよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます