第16話 禁忌の英雄

◇◇◇


 クラーテル教会が枢機卿の一人ギルバート・ラフスムス。

 彼をよく知るものは彼を、一見すると単なる眉目秀麗な優男であるが、その実は、腹に一物も二物も抱えており、策謀を張り巡らせるのが三度の飯より大好きな、思い遣りと思慮に欠けたトラブルメーカーと評する。


 その評価は間違ってはいない。

 ただしかし、それが彼の全てを表すものではなかった。


 彼は、先に述べたように破天荒な人物ではあるが、実際のところ、胸の内に篤い信仰心を秘めた、慈悲深い人物であったりする。

 けれどそういった彼の性質自体を、本人の意志により極力表に出ないよう振る舞っているため、彼の人格が正当に評価されることは稀であった。


 さて、そんなギルバートではあるが、王都からはるばる派遣されたシエスタと連絡を取った際、彼は彼女に全てを話したわけではなかった。

 それはもちろん彼の思いやりによるものだった。純粋無垢で敬虔な信徒であるシエスタにはとてもではないが全てを語ることを出来なかったのだ。


 では、それならば彼は、シエスタに対し何を秘していたのだろうか?




◇◇◇




 勇者───竜宮院王子を完全に飼い慣らす計画は、クラーテル教会枢機卿の一人であるギルバートを中心にした、複数の協力者によって行われた。


 彼らはこの計画を《箱庭計画》と呼んだ。

 そして自分の巣が《用意された箱庭》であることに一切の疑問すら抱くことなく、快楽に溺れた当代の勇者のことを、かつて召喚されし勇者により伝えられし言葉の一つをもじって【スク】と呼称していたのだった。


 これまで救国の代名詞だった勇者を徹底的に貶めたこれらの事実は、最低限の事情だけ教えていたら不都合はないだろうということで、シエスタに伝えられることはなかった。


 またそれ以上に《箱庭計画》などという大掛かりで、不確かな計画が何故採用されたのか、その理由は口に出すのも憚られるものであったため、シエスタはもちろん、それ以外の余人へと、その情報を漏らすことを固く禁じられたのだった。



◇◇◇



 この世界に召喚される前から竜宮院王子は切った張ったの暴力を振るう人間・・・・・・・・は野蛮であると一貫して主張していた。

 そのため魔法だ剣だと大騒ぎしているこの世界の人間は、彼にとってはまさに見下されて当然の野蛮人共の集まりなのであった。


 ただいくら偏見にまみれた彼とは言え、暴力にも使い道があるということは重々理解できていた。


 暴力が最も活躍する場面は相手との交渉であった。特にこの世界では、力が力として罷り通っている。力の有る者が交渉の席に着けば、相手に大きなプレッシャーを与えることができるだろう。


 つまりはそういうことだった。

 竜宮院は自分自身が異世界人共の上に立ちそれを適切に用いることこそが、暴力の存在意義であり、最もスマートなやり方であると確信していた。要するに、彼は自分が他者に命じて暴力を振るわせる分には、その行いは"野蛮"というカテゴリに分類されないと考えていた。


 何とも都合のいい話である。



◇◇◇



 竜宮院王子は、できる男に嫉妬や恨み辛みはつきものだと考えていた。

 自身を優秀だと位置付けている彼は、己の身の安全が完全に保証されたものであるとは全く思っていなかった。


 自分に向けられたネガティブな感情の全てが嫉妬や私怨であり、それら全てが他人のせいであると断言できるあたり、彼は非常に面の皮が厚かった。しかしそれとは別に、その結果訪れるだろう危険に対しては、何らかの措置を取る必要があると、彼なりに策を講じていた。


 それこそが竜宮院が大量に身に着けていた装飾品であった。



◇◇◇



 竜宮院は、愚かではあるが全くの無能ではなかった。


 山田少年がいたときから、刺客に襲われる可能性や、目的を果たすために同行した先の迷宮で危機に陥る可能性などといった、自らの身に降りかかるかもしれない危険をある程度予想していた。


 彼の収入の多くは、酒池肉林の馬鹿げた用途に費やされていたが、それでも残った一部は、己の危機を回避するためのアイテムの購入に支払われていたのだった。




 これまでに竜宮院によって集められた装飾品は、七つの指輪に、腕輪とアンクレットを二つずつ、さらには首飾りであった。

 もちろんこれら全ては高価で希少な品であった。



 彼の右足の二番目、三番目、四番目の指には順に次の指輪が装備されていた。


 全ての毒を無効化する《毒無効の指輪》


 どのような攻撃を受けても少なくとも数分は一命を取り留める《即死回避の指輪》


 あらゆる攻撃による麻痺を無効化する《麻痺無効の指輪》



 また、彼の左足の二番目から五番目までの指には順に次の指輪が装備されていた。


 暗殺者などが贈り物に偽装し、相手に装着させて、登録した所有者が発動させると装着した人物を死に至らしめる《致死の指輪》(もちろんこれの登録所有者は竜宮院となっている)


 遠距離からの矢、もしくはそれに類似するもの(投げナイフなど)による攻撃を完全にシャットする《矢避けの指輪》


 万が一に怪我したときの痛みを完全にカットしてくれる《鎮痛の指輪》


 竜宮院の持つマジックアイテムで最も使用頻度が高く彼におあつらえ向きである───尽きることのない精力をとめどなく引き出してくれる《精力絶倫の指輪》



 また七つの指輪の他に、彼の右腕には《物理防御結界の腕輪》、左腕には《魔力防御結界の腕輪》、左足と右足には《体力回復のアンクレット》が一つずつ装備されていた。


 さらには首元にはこれまで挙げたアクセサリの中でも最も高価で、最も稀少価値の高い───一度だけ装着者を蘇生する《神話級アイテムミィシス》である《蘇生の首輪》が掛けられていた。



 あらゆる装飾品を装備している彼ではあるが、しかし彼は手の指に指輪をすることはなかった。

 身を護る魔道具の指輪を、誰からも見える手の指に大量に装備することで、臆病者として謗られる可能性を懸念したからだ。

 そしてそれ以上に、彼は手に数多く指輪を装着した際に、女性との行為において非常に邪魔であった経験から、両手には指輪を一切することがなくなったのだった。



◇◇◇



 竜宮院はこと戦闘においては、己には後方から指示を飛ばす軍師の役割こそが相応しいと思っていたし、非文化的で野蛮な戦闘なんぞはこの国のバカチン共に任せて、己の頭の《クリエイティブ》な才能を活かしこの国に富をもたらすことこそが、己を最も際立たせるための方策であるとすら考えていた。


 そしてこの場合、彼にとって重要なことは『この国に富をもたらせること』ではない。

『富をもたらすことで己が得る名声』こそが彼にとって最も大事なことであった───要するに彼は人々のことなんてこれっぽちも考えておらず、彼にとっての最大の関心事は『己を最も際立たせ称賛されること』にあった。


 彼の行いは一事が万事この調子であった。

 だから彼は、周りを顧みることも、己を戒めることもなかった。








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あまり怒らないでね……ここからは彼の人間性を知っていくお話です。

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