第9話 あいにくの雨で

○○○



 翌朝、目覚めるとセンセイの気配を感じた。気配は彼女の部屋から飛ばされたものであり、『起きたのなら早く来い』という彼女からの呼び出しであった。


 軽く身嗜みを整え、センセイの部屋に向かうと、彼女は俺が来るのを待っていた様子であった。


 センセイは話が早い。俺は早速昨日のことを話した。プルミーさんとのやりとりと、三度みたびみるはめになった夢の話だ。


 その際センセイとちょっとしたいさかいがあったが、これに関しては完全に俺に責があり、彼女には微塵も非がない。


 にも関わらずセンセイは、

「何かが起こったときは一緒に責任を負うてやる」と最終的には俺の背中を押してくれた。本当にセンセイには頭が上がらない。


 俺は再び始まるフォグ退治の前に、万が一のそのとき・・・・・・・・に備え、すぐさま行動を起こしたのだった。



○○○



「ここ数日、具現化したフォグが多くなりましたね」


 これはディーテの台詞セリフだ。

 それについては俺も同感であった。


「確かに、遭遇する数も多くなってきたしな」


 最初は一日に一度遭遇するかどうかだったフォグは、今では一日に何度も見かけるようになった。

 倒してから間もないのに現れ「またかよ!」と思わされることも少なくはない。


 それに霧状のモンスターのみならず、実体化した骨戦士と屍人グールが同時に現れることも目新しいことではなくなった。

 センセイ曰く、前回と比べて、こうなるまでにもう少しの猶予があるはずであったが、今回の展開の速さは予想外であり、封印迷宮が現れるのもそう先のことではないだろうということだ。

 これらについてディーテと話し合っていると、ミロが敵を仕留めて戻ってきた。


「アニキ、見てくれましたか?」


「おー、見たぞー」


 ミロは器用にもびゆんびゆんと風切り音を出しながらくるくると槍を回転させた。

 彼の背後には複数体の骨戦士がバラバラになって転がっていた。

 大した敵ではないものの、それでも瞬殺はすごい。


「何かアドバイスをくださいっ!」


 そう言われてしまえば、年長者としてはアドバイスするのはやぶさかでない。


「ふむ……そうだなぁ」


 すらっとした長身細身でありながら、しなやかかつ強靭な肉体を持つミロ───彼は身体を用いる延長かのように槍を操る。既に相応の実力者である彼に容易につける弱点なぞ存在しない───けれど、


「俺は槍は使わないんだけどよ。ただそれでも俺に言えることはある。ミロくらいのレベルになると、あとはひたすら《理》と《勘》を追求することが大事だと思うぜ」


「《理》と《勘》?」

 

「おう。《理》ってのは理屈の《理》だ。

 どうすれば今よりも速く槍を振れるか、どうすればもっと鋭い突きを放てるか、どうすればもっと理想通りに身体を動かせるか───強くなる課題なんて考え出せばキリがない。だけどその一つ一つを常に頭の片隅に置いて、その答え───つまり《理》を探りながらやっていくことが強くなる秘訣なんだと俺は思う」


 城を発ち、《鏡の迷宮》探索に励んだ当初、はっきりとした師はおらず、強くなるためには、自分で考える必要があった。

 少しでも強く、少しでも先へ。

 俺はそうした信念を常に忘れなかったからこそ、一段一段と着実に己を高めることが出来たのだ。


「ほあー」っとミロが声をあげた。


「《勘》に関しては、言葉にしにくいんだけど───」


 何故かアニキと慕われてる俺。

 たまにはカッコいいところも見せてやろう。


「実演してみせる。本番のつもりでかかっておいで」


 俺はグラムを抜いて構えた。


 ミロは「えっ?」と一瞬戸惑いの声をあげたものの、すかさず表情を引き締め槍を構えたのだった。



○○○



 ミロの表情に険しさが増した。

 彼の気持ちは痛いほどわかる。

 自分より格上と相対したとき、人は迂闊には飛び込めない。

 どこに斬りかかってもやられてしまうというイメージが浮かび上がり、攻撃を躊躇ってしまうのだ。

 その逆もしかりだ。

 俺には、こうすれば彼を叩き伏せることが出来るというイメージが無数に湧いてくる。


 ミロには父をも超える素質があるように思われた。そして現在の彼も一般的な水準で言えば実力者と言える。けれど彼の目指すところと比べると未だに未熟、力量で言えば王国騎士団の、団長や副団長は言うに及ばず、その精鋭に一矢報いることが出来るかどうか───というレベルであろう。


「ああああァァァァァーー!!」


 彼が獣じみた声を上げ地を蹴った。

 彼の真骨頂であるしなやかなで軽やかで力強い動きであった。


 突き、切り、払い───その全てにセンスを感じた。


 俺の伝えたいことが、彼にならわかるはずだと、一合一合、剣を交わした。

 しばし、そのまま続けた後に、


「参りました……」


 滝のように汗を流したミロが膝を着け倒れ込んだのだった。



○○○



「今いけばやられるという嫌な予感。

 相手が何かを狙ってるんじゃないかという予感。

 逆に、今飛び込めば勝てるという予感。

 五感から読み取った情報に基づいて働く感覚を超えた理外の感覚のことを俺は総称して《勘》と呼んでいる」


「《勘》……」


「こいつを磨くには、訓練時から常に何らかの情報を読み取ろうとする意識が必要だ」


 俺の場合はそうだった。

 戦いはいつだって遥か格上が相手で、いつだって絶望的で、いつだって命掛けだった。


「本来なら格上と闘うのが良いだろう。あえて苦境に身を浸すことでしか成長出来ないこともあるからな。

 お前の親父さんもそれをわかってるからこそ、いつも先陣切って戦いにおもむくんだろうさ」


 俺の説明に、ミロが感じ入るように頷いた。

 いつも俺らが会話すると、じとーっと見つめてくるディーテもこちらを注視し、何か納得した様子であった。


 このシチュエーションはもしかして───


「あれ、俺、何か言っちゃいましたか?」


 わざとらしいセリフだとは思う。

 照れ隠しだということでここは一つ勘弁してくれ。



○○○



 ミロとの訓練が終わり、フォグ討伐に再び取り掛かったは良いが、さすがに|鬱陶しくなるくらいには、フォグが数を増やしてきた。


 そこへきて、


「あ、雨」


 ディーテが呟いた。

 俺の額にも雨粒が一滴、当たって伝った。


「ついにきたか」


 そう遠くない時期に降り出すと思われていた雨が今、振り始めた。

 長い間に散々っぱらに水分を溜め込んだ鈍色の雨雲を見て、俺は溜め息をいたのだった。


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