第3話 ラストスマイル

○○○



「何ならムコ殿も参加するか?」


 センセイからのお誘いであった。


 けれど俺は───


「いえ、今回は遠慮させてもらいます。センセイにも積もる話があるでしょうし……」


 俺の返答にセンセイは顎に手を当て「んー」と唸った。


「その反応は……何ですか?」


 いつものおフザケの延長でジト目を向けた俺を見て、センセイはどこか寂し気に溜息をいた。


「ムコ殿とは色々と話さなければならんのぅ。近い内にでもまた」


 そう告げてセンセイは部屋を出た。

 アンジェの保護者たるプルミーさんに会えば必ずあのときの話になってしまう。

 それはもはや耐え難い苦行だった。

 だから俺にはセンセイの誘いを断る以外の選択肢がなかった。それにアンジェの件だけが断った理由ではない。


 勇者パーティを除いて、この世界に召喚されたほぼ当初から俺の存在を知っている人物はそれほど多くない。プルミーさんはその数少ない内の一人でもあった。


 だからこそ、だ。

 だからこそ俺は、彼女に会いたくなかった。


 やはりこの世界は俺にとって厳しくて……どうしても俺は穿ってしまうのだ。


 色々と親身になってくれた彼女までもが俺という存在を否定するのではないかと。


 それが現実となれば俺は───

 心が散り散りになるような思いをするのはもうごめんだ。



○○○



 アノン達との話し合いと昼食を終え、俺はフォグ討伐のための準備に取り掛かった……というかアノン達はとっくに動いていた。


 彼らは既に、凄腕気配察知スキル持ちを加えたパーティのいくつかをフォグの探索と掃討に充てていた。


 それに、これから二桁単位で建てられる予定の簡易的な小屋の手配も、それをどこに建てるのかという問題も、おおよその目星を付けており、後はセンセイの確認待ちである。


 結局俺は意見を求められることなく、事態はつつがなく進行していた。


 要するに俺に求められるのは戦闘力のみなのだ……頭いい人っていつもそうですね!

 私たち脳筋のことなんだと思ってるんですか!?


 などと脳内で不平を漏らしつつも、脳筋気味である自覚があった俺。

 案の定、フォグを討伐する際のパーティ決めに際して意見を求められた際、建設的な意見を述べることができずに頓死。


 とは言え今回のパーティ決めは非常に単純である。基本的な決まりは二つ。パーティは最低四人とし、必ず一人はフォグの気配を探ることが可能である気配察知スキル持ちを加えるというものだ。


 そういった頭脳労働などの面倒の全てはアノンやサガやクロエ達に全力で放り投げ、俺は一人無心で、「動物はいいなぁ」「よーしよしよしよし」などと独りごちながら、これまでに何度もお世話になった翼速竜イーグルドラゴン(毎回同じ竜だった)と戯れていたのであった。


 しばらく、竜の厩舎でマジックバッグから取り出した魔物の肉(安全確認済み)を与え、お手やお代わりなどの芸を仕込んでいると、


「キミは一体いったい何をしてるんだい……」


 その現場をアノンに発見されたのだった。

 面倒事から逃げ出して竜と戯れていましたとは答えられず赤面した俺を見て、何かを察したのか、アノンが苦笑したのを感じた。


「お願いしたいことがある。《封印迷宮》が姿を表すまでの期間ではあるが、ロウも他のみんなと同じ様にフォグを退治してはくれないか?」


 アノンのお願いを断れるわけがなかった。

 俺、アノン、大好き。


「任せてくれ」


 俺は二つ返事で了承した。

 その後、アノンやサガ達のさらなる話し合いがあり、その結果、俺のパーティが決まった。


 メンバーは俺と、先日何故か俺に懐いた《益荒男傭兵団ベルセルガ》団長サガの息子であるミロ・アサルトボディと、これまた《益荒男傭兵団ベルセルガ》所属の魔法使いの少女ディーテの三人であった。


 初対面の少女ディーテ───《益荒男傭兵団ベルセルガ》は稀に見る脳筋集団であるので魔法使いは珍しいそうなのだが、彼女はサガやカミュが太鼓判を押すほどに優秀なのだそうだ。


 なるほど確かに、ディーテという少女は小柄でみつあみにメガネといったいかにも委員長チックな出で立ちであった。これで優秀じゃないなら何かの間違いだった。


 ちなみにこのパーティにおける気配察知スキル持ちはミロである。こちらもなるほど納得しかない。ミロは野生のけものっぽいもんな。


 それから『どうして最低四人一組と説明した直後に三人パーティになっちゃうの?』と、疑問に思った人がいるかもしれない。ちなみに俺は思った。


「お前なら大丈夫だろう」


 サガがまるで『こいつそんな当たり前のことをいまさら何で質問してんだ?』という間の抜けた表情で俺に告げた。まあそういうことらしい。


 気を取り直して、俺達三人は早速さっそくではあるがフォグの探索と討伐に繰り出した。

 親睦も兼ねた三人での共同作業であったがしかし、肩透かしで終わるかもしれないとどこか楽観視していたが、初回の探索からいきなりフォグと遭遇してしまった。


 俺が戦闘に加わらずとも、ミロとディーテの二人でも余裕を持って対処できたことがさいわいだったか……って、あれ? じゃあ俺は何もしてねぇじゃん!


「アニキ、アニキ、オレやりましたよ!」と俺に手柄を誇るミロと、その様子を更に後方から何故か「じとー」と見つめてくるディーテの二人を労いながらも探索を続けた。


 結局エンカウントしたのは一度だけであり、数も三体とそこまで多くはなかった。けれども俺達はその存在を改めて認識することとなった。



◯◯◯



 討伐を終え、アシュの館に戻ると俺達は解散した。


 部屋に戻って一息くと、窓の外を見た。太陽は完全に沈み、夜の帳が下りようとしていた。



○○○




 その夜のことだ。

 俺は夢を見た。


 ただ、夢というにはあまりにも鮮明であり、鮮明というにはあまりにも断片的であり、断片的というにはあまりにも強烈であり、強烈というにはやけにかすみがかっていた。








 美しい女性───プルミーさんが叫んだ。


「一度後退し、戦線を整えろ!」


 彼女に従い、恐慌に陥った多くの騎士や魔法使いが前線から下がった。


 プルミーさんは怒涛のように迫る巨大な×××を前に戦況の立て直しを図るための時間を稼ぐべく一人飛び出した。


 短縮詠唱で彼女の両の腕に蒼のほのおが宿った。


 全てを飲み込まんとする莫大な質量の×××の攻撃を巧みに避け、プルミーさんが高速で駆け───その蒼い手刀で×××の巨体を完全に断ち切った。その切り口が蒼いほのおで燃え盛った。


 それでも勢いを衰えさせずに脈動する×××にプルミーさんが両手の蒼いほのおを射出し応戦した。

 彼女は自らを押し潰さんと焦れたように迫まりくる×××を蒼いほのおの灯った脚───蒼脚で蹴り上げ、少し下がった。


 未だにパニック状態から脱せない兵士を背に───彼らを護る形で、プルミーさんは×××と対峙した。


「二人が来てくれるまで何とか耐えてみせる! 彼らなら必ずこの状況を打破してくれる!」


 まさに獅子奮迅の働きであった。


 放つ蒼炎。


 切り裂く蒼手。


 崩れそうな防衛ラインを侵犯せしめんとする×××を一際強い蒼焔で一瞬で灰に帰した。


 彼女の奮闘は続いた。


 戦線を維持し続けた。


 そしてようやく、立て直した魔法使い部隊から上級魔法が雨霰あめあられの様に降り注いだ。


 オネストをはじめとする一流の魔術師団、多くのクラン、アルカナ王国騎士団は脇目も振らず×××を滅ぼさんと死力を尽くした。


 その中心人物たるプルミーさんも、体術に、魔法に、戦闘技術に、戦略に、そのすべてが人類のトップレベルであった。

 

 けれどそれでも───





 視界が変わる。





 こひゅーこひゅーという荒い呼吸が聞こえた。

 プルミーさんだ。


 もはや彼女は満身創痍で───その左腕は失なわれていた。


 戦線はとうに崩れており、そこには逃げ遅れた魔法使いの少年がいた。


 さらに質量を増した×××は全てを喰らわんと触れた全てを取り込み、今まさに少年をも───


 プルミーさんが彼を突き飛ばした。

 彼女は最後の力を振り絞り×××に必死に抗った。


 少年が逃げるための時間を稼ぎだった。


 そして、彼女は少年が逃げ切ったことを見届けると、笑顔を浮かべ───


「アンジェ」


 それが最後の一言。


 ドバァァァァァァァ。


 大質量の×××が降り注ぎ彼女は飲み込まれた。


 それでも彼女は───その生命の終わりに、己の全てを燃やし尽くし、眩いばかりの蒼い光と共に、全てを巻き込み、凄絶に散った。

 

 

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