第7話 陽キャ孔明(自称)③

◇◇◇


 いつ頃からかは忘れた。

 好きな生き物というテーマの話になったとき、竜宮院王子は迷うことなく蟻や蜂だと答えていた。


「どうして虫なの? 普通は犬とか猫とかじゃないの?」と聞き返されることも少なくなかった。

 するとすぐに面倒臭くなり「そうだね。けどまあ、小さな虫も可愛らしいじゃないか」と軽く流すことがお決まりであった。


 次第にその問答すら億劫になり、彼は適当に「犬が好きだよ」「やっぱり猫だね」などと当たり障りのない動物の名を出すことが定番となったのだった。



 彼は幼い頃、テレビだったか学校だったかは定かではないが、社会性昆虫というものを知った。


 蜂や蟻などのある種の昆虫の生態系は非常に独特なもので、いわゆる人間社会のカースト制度のような成り立ちとなっていた。


 コロニーを形成する大多数の個体は虫社会を構成するピラミッドの下部に位置し、彼らにはワーカーやヘルパーといった役割が課された。

 コロニー全ての個体は何の疑問も不満も持たずに、たった一匹の女王のため、せこせこと我が身を削って働き、その生涯を費やすのだ。


 幼い竜宮院はこの話を聞いたとき感動したものだった。そして彼は、胸に去来する興奮と共に、一つの確信を得た。


 彼ら蟻共のコロニーに一匹しかいない女王の位置こそが、自分のあるべき位置なのだ、と。


 その思考のプロセスは虫の生態を知ったという切っ掛けはあったが、完全に自律的なものであった。

 誰がどう言ったとかではなく、彼は彼自身の内から湧き出てくる、生まれつきに肥大化した強烈な自意識や欲求や願望に従い、自分は上にいるべき存在であり、大多数の存在は死ぬまで疑問を抱くことなく自分にかしずき、労や財を運ぶべき存在であるのだと思い至ったのだ。

 


 だからこそ竜宮院にとって、真理とも言うべき気付きを与えてくれた蟻や蜂は、最も好きな生き物として、今でも愛でるべき対象なのだった。




◇◇◇




 エリスは血にまみれて意識を失い倒れ伏した。


「おい! 起きろ! 僕に失礼だろ!」


 竜宮院が揺さぶるもぴくりとも動かない。

 眼の前で起こった惨状にさすがの彼も慌てたのか、エリスを回復するよう指示し、終わり次第すみやかに医務室へと運ぶように伝えた。


「ふむ、実際に聖剣を抜けない、なんてことがあるのか?」


 エリスがその場からいなくなり、三人になったときに竜宮院はミカとアンジェリカに尋ねた。


「すみません、勇者様……聖剣に関しては未だにわからないことが多いのです」


 ミカは頭を下げ、アンジェリカは首をすくめた。


「ならば、代替案を出さねばないといけないな」


「まあ! 代替案! さすがは勇者様ね!!」

「勇者様の御慧眼、感服いたしました」


 当たり前のことを言っただけで称賛されし勇者様───その名も竜宮院王子であった。


 自分を褒めそやすのは目の前の二人の英雄美女。

 反らす胸は留まるところを知らず、彼はもはや最高に気持ち良くなっていた。


 その日「あーはっはっはっはっはーー!!」というバカみたいな高笑いがレモネギルド全体に響いたという。



◇◇◇



「このアルカナ王国の至宝と言われる聖剣」


 使い手たるエリスがその場からいなくなり、床に転がったままの聖剣を、竜宮院はまるで触れてはいけない危険物に対処するときのように、足のつま先でつんつんと触れた。


「ミカ、こいつと同等以上の剣に心当たりはないか?」


 決して出してはならない質問だった。

 悲劇の幕開けとなる質問だった。


 ミカは勇者を心酔してる故か、それとも敬虔な聖職者故か、決して嘘をつかない。


「聖剣に比肩するほどの剣……となると、一つ心当たりがございます。けれど───」


「けれど何だい?」


「いえ、失礼しました」


「構わない。答えるんだ」


「その剣は、名を《是々の剣アファマティブ》と申します」


 こうしてミカは、是々の剣アファマティブというつるぎが存在すること、それが封印領域を治めるために用いられていること、つるぎは聖騎士によって守護されていること、封印を解けばおぞましい迷宮と共に大量のモンスターが解き放たれること、それら全てを竜宮院の求めるまま伝えてしまったのであった。





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